熊本の夏を形容するならば、火傷しそうな!になる。湿度と温度のバランスが悪いのだろうか。貧弱な俺にとっては時折、生命の危険を感じる時もあった。そんな 蒸し暑さの中、彼とのサヨナラは、突然にやって来た。その日は、辛島町のスクランブル交差点を新市街へは向かわずに 熊本城方面に歩いていた。坪井川沿いの歩道を沈黙のままやり過ごす。大きな溜め息と大粒の汗のみに俺達の午後は支配されている。気休めと云えば熊本城とビルの間から見える入道雲だけだ。市役所前の信号機を渡り市役所の裏通りの影に涼を求めて居たその矢先。俺達を待っていたのは あっけない逮捕劇であった。 コマ送りの画像みたいに断片的にしか思い出せない。ただ そのパズルのような画像の最後の1ピースは 彼のさわやかな笑顔である。…………………………………………傷害容疑で補導される。要するに お尋ね者の二人組だったという訳だ。 ………………………………俺は阿蘇の山奥の母親方の爺さんの家へ弟と共に預けられる事で一応の決着が勝手に着けられた………………… 昭和55年冬。クリスマスの前日からが当時の冬休みの始まりだった。親父の病状が一時的に回復した事もあり年末年始を家族水入らずで過ごす事となり熊本バスセンター前行きの赤バスに飛び乗った。弟も後ろから付いて来る。2時間に一本の発車だから乗り遅れたら大変な事になる。車窓の外で手を降る爺さんに別れを告げて無事にバスは街に向かって発車した。 思い出の街が待っている。初恋のあの娘を想う時の胸の鼓動のリズムに似たビートにあわせて鼻歌など口ずさみ到着を待つ。一時間もバスに揺られたら街の風景を目にする事ができる。山奥の修行的な秋の日々に参っていた。バスセンター前に着いたと同時に地下街への階段を全速力で駆け降りた。噴水前の景色はクリスマスの化粧をして胸が躍る位にベッピンに変わっている。振り返ると バスに置き忘れてきた弟が怒りに肩を震わせ立っていた。「まあまあ。」奴をなだめて俺物語を聞かせ始める。地下街から屋上へエレベーターで上昇する。冬の色をした街を見下ろしながら これからの計画と行動予定を伝える。足手まといではあるが 置き去りにする事も出来ない。先程 バスに置き忘れてきた結果もあるし手下1号に任命した。奴は喜んで引き受けた。急いで向かうのはただ一つ上通りの外れの雑居ビルの二階にある俺の大切な場所だ。それにしてもスゴい人混みだ。弟も都会デビューに胸躍らせてキョロキョロしながら目を点にして歩いている。新市街を左へ曲がるとア一ケード街は下通りに名前を変える。真っ直ぐ歩き続けると右手に巨大なオモチャ屋のポレ一ルが絶対的な存在感をアピールして建物の中に兄弟二人の首根っこを掴んで放り投げる。二人は当然の結果に満足して一時の至福を味わう。2階の体験コーナーに彼が居ないのを確認して未練を残した手下1号を諭して店を出た。振り返ると 笑顔で満たされた幸せそうな人、人、人。多分 本日は戦争もお休みだ。メリークリスマス!愉快な気分でメインストリートは流れていく。水道町交差点を渡り早足で点滅してる信号機に挑戦する。何もかもが上手くいってる。上通りのアーケードに入ると照明が煌びやかにエスカレートしていく。パチンコ店、喫茶店、本屋、楽器店、中華料理店、レコード店……。目的地に近づいて行く。もうすぐで懐かしい我がアジト。薄暗い路地を左に曲がりやっと到着。緊張感を漂わせドアをノックする。(もしかしたら、出掛けてるかな…。) 出勤前のノーメークの母親がひょっこり顔を出して無愛想に彼の近況だけを口にしてドアを閉じた。王君は あの件以来 2週間の児童相談所を経由して兵庫県の父親の居る場所へ行ったらしい。連絡先のメモを頼りにハガキを送ったが返事は帰ってこなかった。街もすっかりセピアに染まり立ち尽くす夕暮れはとても冷たかった。夏の 出来事は間違い無く心の片隅に整理されて引き出しを開ける機会がない限り忘れさられてしまうのだろう。トボトボと両親と妹の待つ医療施設へと歩き出す。寒空の中 後ろを振り返ると 惚けた顔をした手下1号が居た。とりあえず笑った。