TODAY'S
 
黒焦げとなった少年


あの夏の日

  

  

長﨑平和記念像

  

平和の泉

 

長崎原爆資料館に掲示されている1枚の写真を紹介します。



黒焦げとなった少年     


有名な写真です。多くの人が見覚えがあるのでは?修学旅行で訪れた人なら目にしていると思います。

 


 

 

70年後に身元が明らかになります。


 

 

2016年6月


地元であるニュースが話題になりました。栗焦げとなった少年の身元が判明したのです。


 

  

兄ではないでしょうか?と姉妹が名乗り出て来たのです。

 

 

2016年に開催された長崎原爆写真展に来場した姉妹が、展示してある写真を見て兄だと確信しました。写真の存在は姉妹も承知してましたが、兄と気付かなかったそうです。

 

 

気付いた理由は写真が拡大されていたからです。



思わず「兄ちゃんだ!」と写真を撫でられたそうです。

 

    

鑑定結果

九州大学に生前時の写真を提出して鑑定調査を依頼したところ、同一人物である可能性が極めて高いとの結果がでます。

   

 

黒焦げとなった写真の少年は瓊浦中に通われていた当時13歳の少年でした。 


 

少年は大瀬戸町の小学校を卒業後、自宅から約40キロ離れた旧制中学校に通われる為に長崎市岡町に下宿していた少年です。


 

 

被爆前日 

父親は原爆が落とされる前日に少年に電話をかけています。広島に原子力爆弾が落とされた事に心配して帰省を催促していたのです。

  

しかし少年は「8月9日に試験があるから帰省できない」と父の申し出を見送ります。それが親子の最後の会話になりました。

  


  

試験とは?

同級生の話によると8月9日は英語の試験が行われます。


 

同級生は学校を休んだ事で難を逃れています。当日の登校前に空襲警報が鳴りました。警報が鳴った日は学校を休ませるという母親のルールに救われます。

 

 


従来なら夏休み期間です。この年は夏休み返上して授業が行われていました。


 

2年生になると軍需工場に動員される事が決まっていました。授業の時間が不足する事を予見して1年時から詰め込み授業が行われていたのです。



 

     

教育方針

驚きました!

米国や英国と戦争中にも関わらず、敵国語の授業は継続されていたのです。授業時間が不足している状況です。真っ先に授業が省かれそうなものです。戦争と教育は別物と区別していたのだろうか?

 

 


日本の教育精神の崇高さに驚きます。改めて日本人は凄い民族だと思いました。

   



鬼畜米英・鬼畜米兵 

戦時中は帝国主義が強要されていたと教わりましたが?どうやら違う様です。




戦後の民主化政策 

GHQの指導のもとに第三国人主導による民主化政策が推進されます。昭和の時代はテレビや新聞で自虐論が横行した時代でした。




現世のネガティブに触れない様にしています。9次元を目指しているので、3次元の賛否両論の綱引きに興味ありませんv(*'-^*)^☆。




旧制瓊浦中学校

長崎市竹の久保に存在した旧制中学校です。生徒や教師を含めると400名以上が被爆しました。


 

校舎内部 

 

木造2階建ての校舎

 

校舎は全壊します。

 

 


跡  地


長﨑県立長崎西高等学校

後身校として長崎西高校の校舎が建っています。同校のOBが入社して、私の部署(長崎)に配属されて来ました。さっそく新人君に「黒焦げの少年」の話を尋ねましたが知りませんでした。



時代の流れですね。でも平和の証しでもありますよね。過去の戦争悲話は時の経過と共に薄れるは常です。

 

 

 

現代に関ヶ原を忘れるな!私の先祖は関ヶ原で…と叫んでいる人がいたらガーン引きますよね。

 


ヤバイ奴!


原爆悲劇もあと100年もすれば歴史の1ページと化しているのではないだろうか?



平和祈念式典も未来永劫に続くとは思えません。

 


  

   

 

 

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当日の足取り  

山王神社の片足鳥居

 
右上の石が楠木の中から発見されました。爆風で飛ばされて木の穴の中に入っていたのです。


爆心地から約700メートル離れています。どれだけ石が飛ばされたのかは不明ですが爆風の威力の凄まじさを感じます。

 
 
下の写真は被爆直後の山王神社の大楠です。左右の二本とも甦りました。この生命力は被爆者達の励みと成ったでしょうね。




緑で囲んでいのが山王神社の片足鳥居です。


鳥居の左側が少年の遺体が横たわっていた岩川町です。



  

少年は10:00に英語の試験が終わり下校します。浦上川に架かる橋を渡り川向の岩川町に行かれたのだと思われます。



そして11:02に被爆されます。下校途中で被爆に合われたのだろうか?下宿場の方面から後方の岩川町に吹き飛ばされたのではないでしょうか?



下の写真を見ると人間の想像を絶する暴風が発生したと思われます。  

 



長﨑市内被爆範囲

爆心地から16キロ離れた香焼から撮影された被爆の状況です。16キロも離れていてもコノ威力です。凄まじいです。

 

●岡町(少年の下宿場)

●浦上天主堂

●岩川町(少年の被災地)

●瓊浦中学校

●長崎市中心地

 

 

浦上天主堂の全景

 

 

少年の下宿場である岡町は爆心地付近です。近くに浦上天主堂があります。

 

 

空襲警報は?

鳴りませんでした。被災者の多くが不意を突かれます。身構える事すら出来ず被爆します。



長崎市内に原爆を落とした実物です。機体にソルトレイク→長崎のペイントが確認できます。

 


当日の長崎市内の上空は白い雲で覆われていたので目視でB29を確認する事は叶いませんでした。

 

 

しかもB29は飛行機のエンジンを止めて無音で長崎市上空に侵入してきたのです。

 

 

存在に気付いた時は原爆を投下した直後です。全速力で飛び去るB29の爆音が長崎の空に木霊したそうです。

  

 


防衛体制

広島被爆直後に原爆を搭載したB29が再び日本本土に向けて出動したとの情報を日本軍部は掴んでいました。長崎県大村市の空港には紫電改が出動待機していました。紫電改は上空1万メートルにまで到達できます。B29を迎撃可能な戦闘機です。


しかし出動命令は下りませんでした。


広島に続けて2度も落とさないだろう?との思い込みと本土決戦に向けて戦力を温存しておきたい意向があった様です。

 

紫電改

パイロット談

今でも悔やんでます。こんな事態になると解っていたらB29に特攻しました。

 


     


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家族写真


左端の少年が犠牲になられた少年です。右端の少女と母親に抱かれている赤子が兄と気が付かれたご姉妹です。  


 

父親の姿がありません。撮影したのが父親でしょうか?この1枚の写真が唯一の手掛かりでした。親が残してくれた写真のお陰で兄妹が巡り会えることができました。 

   

  

長崎県西海市大瀬戸町(旧西彼杵郡)

 
 

雪浦海浜公園

白くて綺麗な砂浜です。ここは遠浅の海岸です。少年も泳いだのかな?

  

つがね落としの滝

20年前(1度目の長崎転勤時)に大瀬戸町の花火大会を見学した事があります。 雪浦で海水浴もしました。つがね落としの滝に肝試しにも行きました。エギングにも通いました。


 


回想

享年12年と数ヶ月か、、、

短すぎますね😢


父親は少年の下宿場や学校周辺を探しますが発見に至りませんでした。瓦礫の中から見つかった「少年の水筒」を大切に持ち帰ったそうです。水筒はお墓に納められています。70年後に父親が撮影した写真から奇跡が起こりました。


(・_・)?!・・・

照れ偶然ではない様ですよ♪



初めて写真を見たのが小学校の修学旅行の時です。同じ人間の様に感じられませんでした。大昔の、別の世界の、自分とは無縁の世界での、出来事の様に捉えていたと思います。



この度少年の写真を掲載するのに躊躇いがありましたが、黒焦げのご遺体が普通の少年であったという事実を公表した方が良いと判断しました。観る者の心に響き、戦争抑止に繋がるのではと思い掲載に至りました。



長崎原爆資料館に遺族のご承諾が頂けるのであれば、生前の少年と黒焦げになった少年の写真を並べて掲載されたら如何でしょうか?現在の資料館は原爆(武器)の威力を紹介するが主と成ってる様に感じます。



修学旅行で来られる子供達に戦争の愚かさや隠れた悲劇を理解して頂けると思います。焼場の兄妹も黒焦げの少年も喜んで力を貸してくれると思います。



奇妙な話

2年前にローマ法王が焼場の少年を紹介すると新たな情報が急浮上します。30年近く何ら手懸かりが無かったのに、著名人の力に恐れ入ります。ただ地元で奇妙な噂がたってます。ローマ法王が長崎の少年と紹介したのだから是が非でも立証しなければいけない。との声が上がった様です。新たな情報は某団体からの発信です。不思議な事に少年の遺族や少年のその後の写真や生立ちの情報は出てきません。子孫も名乗り出てきません。特定の団体絡みの情報だけが1人歩きしている様です。大人の事情に利用したらダメですよ。



少年達のカルマ解消を祈願します。天帝様♪宜しく良しなに願います。ワガママばかりで申し訳御座いません(。-人-。)



身勝手ながら貴方の生きた痕跡を未来に残したいと思います。勝手な振る舞いお許し下さい。


 

黙祷♪ 

    

 おわり

はぐれ烏369