今夜はカントリーロードが、本名陽子の声が染みる。
螺旋のような空気の夜にちょっと自分の気持ちを吐露したくなったので冷めないうちに綴っておこうと思う。
自分の人生は確実に耳をすませばに揺り動かされて来た。
雫も地球屋も存在すると信じようとしていたこと、自分自身が見えなくて苦しんでいたこと、郊外の町並みの歪な美しさに自分の死期を見てしまったこと、刹那的な安堵感を求め自分から逃げようとしたこと。
自分は気付くのが遅かった。
ぼくの人生はtoo lateなんだと思っている。
でもtoo lateでなければ人に優しくも自分に厳しくもなれなかっただろう。
こんがらがってねじれまくった呪いのような傷が心にも体にも増えれば増える程、自分自身の心の奥底に潜り、その度自分と向き合う。
出る答えも毎回違う。
自分から目を背けることで得ようとする希望は虚構でしかないことをその度に思い知らされる。
自分に諦めをつけると自信になる。
そしてまた見えなくなる。
きっとそれの繰り返しなんだろう。
耳をすませばという虚構に勝手に突き動かされて来た人生。
いつか蓋をしなければいけないのかもしれないがレンズが、フィルムが色あせる程レンズ越しの景色は美しく甘美になる。
耳をすませばには関係無いがキリンジの愛のcodaは、螺旋のような空気の漂う今夜は、自分の傷の痛みに酔わせてくれる。
たまには罪悪感という美酒に酔いしれたい気分だ。
カントリーロードの制作の想いを綴ろうとしたが興に乗らずゴッホの星月夜の杉のような気分になってしまった。
しかし、たまにはこんな夜も良い
