2012年 始まりにDEDEMOUSEがアルバムsunset girlsについてお話しています
sunset girlsに対するDEDEMOUSEの想いがキューンって伝わるお話☆
sunset girlsという想い
作成: デデ マウス 日時: 2012年1月6日 17:12 ·
DE DE MOUSE 2ndアルバム 『sunset girls』はジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオの『海を見たことがなかった少年 モンドほか子供たちの物語』をベースにしている。
このsunset girlsという物語に出てくる"girls"とはプティト・クロワでありリュラビーだ。
ぼくの懐古趣味は小学校に上がる頃から既にあったと思う。
幼少の頃のアルバムを覗いては「この写真の中の世界に行きたい、でも行っても誰もぼくのことを知らないんだ」
そんな自分勝手な寂しさになんだか心地よさも感じつつ過去という現実が通り過ぎてしまった世界に幻想を求めていたのかもしれない。
『海を見たことがなかった少年』を手に取ったのは18才の頃だった。
スタンドバイミー的なジュブナイル物だと勝手に勘違いして読み出した自分にとっては肩すかしな内容だった。
しかし若さとは高尚なものを求めようとするもの、美しいヨーロッパの乾いた原風景に憧れていた自分はその景色の描写の美しさを空想しては悦に浸っていた。
『海を見たことがなかった少年』の原風景はいつの間にかぼくの頭の片隅をビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』と同じようにひっそりと巣食ってしまった。
east end girlを制作した時、前述の短編集に収録してある『牧童たち』のイメージが湧き出て来た。
"地平線"
この単語が頭から離れなくなる。
地平線の向こうから来た少年、自分のことを何も語らない彼に主軸において物語を進めようとしていた。
skyline boyという曲は何も語らない彼が唯一口ずさむ歌、心の内側に鍵をかけてしまった彼が「ぼくはここだよ」と自己の存在を肯定する唯一の手段という設定で作った。
その頃はまだ夕暮れというテーマは出来ておらず荒涼としたプロバンス辺りのイメージと自分の生まれ育った「記憶の中にある」場所を照らし合わせながらskyline boyとeast end girlの出会いと別れを膨らませようとした。
影絵のイメージはその頃からあった気がする。
hill girl stepsやblue & green wavesもその頃に出来ていて青空や大陸的な乾燥したイメージで作っている。
プロバンスと言えば『海を見たことがなかった少年』と同時期にマルセル・パニョルの『少年時代の思い出』を映画化したイヴ・ロベール監督の『プロバンス物語マルセルの夏休み~マルセルのお城』に出会い一辺にやられてしまい、いつかこのイメージをテーマにアルバムを作りたいと思っている。
以前演奏公演の為に南フランスのニームに訪れた時、ウラジミール・コスマの音楽が頭から離れなくなってしまい、「日本に帰りたくない、このまま自分という人間を捨ててこのままひっそりとこの場所に留まりたい」と本気の蒸発に頭を悩まされてしまった。
話が逸れてしまったがskyline boyを主軸にアルバムを組み立てていた時、初めて夕暮れのテーマが出て来たのはeast end girlのPV制作の為に即席で持ち出したアイデアの中からだった。
その瞬間に自分が体験した台風一過の夕暮れが脳裏をよぎる。
当時ぼくは多摩川沿いに住んでいた。
自分に言い訳を付けながらだらだらと音楽をやりながらよく多摩川の土手で時間を費やしていた。
そんな20才を過ぎたある年の9月、大きな台風が東京を通過。
ふと窓から差し込んでくる光に目を奪われる。
台風一過の一面桃色に染められた夕暮れは白昼夢のようなおかしな現実味を帯びており、誰もいない住宅地に夢の中にいる甘美な居心地の悪さに酔いしれながらふと多摩川まで足を伸ばして心打たれた。
土手の半ばまで増水した川には公園の遊具が半分以上沈み、先ほどまでの物影の無さが嘘のようにぼんやりとした影のような人達が集まりぼそぼそと聞こえぬ声で何かを話している。
不穏な雲を黄金色に照らす日没。
足下には虫の鳴き声が夜を迎え始めている。
土手に着くまでのギャップもあり何故か翻弄されていまい、本当に夢なのではないかと何度も自分に問いかけてみたりした。
後年、萩原朔太郎の『猫町』を読んだ時もこの体験がよみがえり妙な親近感を覚えた。
「あの時の鮮烈な記憶をそのまま形にしてみたい。」
そう思った時にsunset girlsという物語が生まれた気がする。
どこか大人びた現実味が欲しくて主軸を”地平線の向こうから来た少年”から”東の果ての少女”に変えた。
荒涼とした原野と青空は台風一過という特殊な状況下の多摩川に変わった。
「何処にでも居るちょっと内気な少女が台風一過の多摩川の土手を越え、丘の上の夏祭りに向かう。
sunset girlsはただそれだけの話にしよう。」
地平線の向こうから来た少年の心を覗ききれないでいた自分に一気に突破口が開いた気がした。
ル・クレジオに準えてなのか(準えてというにはあまりに稚拙であるが)日常生活の一部を切り取って風景描写で不思議な世界にしたい、そういう気持ちもあった。
「自分の体験が物語になるなんてなんて素敵なんだろう!」
ぼくは心躍りながらeast end girlのPVの為のシナリオとプロットを書いた。
昼間の嵐、窓から差し込む光、川に沈んだ公園、地獄の業火のような日没。
east end girlは丘の上に住む少女hill girlと共にstepを踏みsundown riverに架かるswallowtail bridgeを越え,sunset slopeを駆け上がる。
地平線の向こうから来たskyline boyは無口な転校生に姿を変え、継ぎ手の居なくなった古くから伝わる踊りを踊る。(last boy dance)
お祭りの喧騒の明るく輝く夜に踊る心と空の星。(light night dance)
翌日、晴れた空を見上げeast end girlは憶う、この青空の向こうにいつも昨日見た沢山の星々が輝いているのだと。(day all stars)
そして夏の風に木々はざわめく。(blue & green waves)
何処かのインタビューで自分でも話していた民話の概念を取り入れたのは半ば後付けだった。
川を越え橋を渡る、ステップを踏む、生者が死者の世界に行く為の儀式にも捉えられる所から夏祭りは少女が亡くしてしまった大切な人に会いに行くという意味が追加された。
淡々とした日常のちょっとした記憶を切り取る。
少女が時を経てこの日のことを思い出した時に「どこまでが現実でどこまでが記憶の補完で自分が作り出した記憶なんだろう」
そんな風に思うようなものにしたかった。
会津の大内宿辺りの藁葺きや山奥にひっそりとある時が止まったような美しい集落のイメージをぼくは全く持っていなかったのでMA時に初めてPVを見せてもらい困惑したのを覚えている。
しかしあのアートワークやeast end girl,hill girl steps,light night danceの3つのPVの時の止まった過去なのだか現実なのか分からない感じ、現代のものである象徴が描写されない限り時代設定も分からない部分は自分が始めに出したかったル・クレジオ的な部分を多分に引き継いだのだと思う。
民話の要素だの死の概念等色々詰め込んではいたものの表面的に押し出すつもりはなかった。
そこにあるのは少女の日常のみでありそれ以上にもそれ以下にもしたくなかった。
east end girlはいつも『空の民』のプティト・クロワのように雲と話をしているかもしれない、hill girlは『リュラビー』のようによく学校をズル休みしては光や水と戯れているかもしれない。
そのような少女の日常を、”描かずに描くことが出来るか”ということが一つの挑戦だったと思う。
架空のサウンドトラックでもなく言葉を持たない言葉はこのsunset girlsという音物語を聴いた人たちのどこまで染み込んで行くのだろう。
そんな楽しみは今も続いている。
ところでsunset girlsの物語の舞台は明確な場所がある。
sundown riverは多摩川でありswallowtail bridgeは関戸橋もしくは四谷橋、sunset slopeはいろは坂。
丘の上の桜ヶ丘住宅地を抜け東寺方にある総合体育館近くの広場で行われる隣組が開催する小さなお祭りに友達に誘われたので行く、ただそれだけのお話。
この地域はとある映画の舞台になっておりファンの間では有名な街。
かく言うぼくもその映画に魅せられてニュータウンに心奪われるようになった。
sunset girlsはぼくにとって公私共にとても大きな変化の中で出来たアルバムでありこの変化に大切な人たちを巻き込んでいた。
自分の未熟さもあった。
必死だったし喜びもあった。
自分が出したどのアルバムもとても大切なものだがこのアルバムは特に思うたびに胸が締め付けられる。
変化は人に刺激を与えるが同時に大きな戸惑いを与える。
変化していかなければいけない不安、変化に追いつかなければという不安、変化することに戸惑いを隠せなかった思春期のような不安。
真綿で首を絞められるような憂鬱な春の心地良さは変化という戸惑いの記憶を懐かしんでいるのであろう。
自分はこの戸惑いを乗り越えられたのかどうか分からない。
一生分からないかもしれない。
いや、きっと一生分からなくていいのだと思う。
坂を上りながら少女たちはきっと胸が高鳴ったと思う。
不安と期待の入り交じる胸の高鳴りは何物にも代え難い。
sunset slopeという曲がこの想いをすべて表してくれているとぼくは信じている。
「この坂を上りきると何があるのだろう?」
ぼくはこの瞬間が一番好きだ。
あとがき
随分と感傷的な記述が目立ったと思いますが、sunset girlsはぼくの3作のオリジナルアルバムの中では一番幸せなお話です。
まだまだ深い話は沢山あるのですがそれはまた次の機会にでも。
台風一過の記述をしているうちに「もしかしてあれは夢だったのかも…」とおかしな気持ちになってしまいました。
これを読んだ後にsunset girlsを聴いて少女の瑞々しさを感じて(または思い出して)くれたらうれしいです、最後まで付き合ってくれてありがとう。
DE DE MOUSE
わたしは読んだ後にsunset girlsの新しいイメージが加わり もっとこのアルバムが前より好きになりました☆*:.。.
DEDEMOUSE?って思ったら聴いてみてほしいな*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
sunset girlsに対するDEDEMOUSEの想いがキューンって伝わるお話☆
sunset girlsという想い
作成: デデ マウス 日時: 2012年1月6日 17:12 ·
DE DE MOUSE 2ndアルバム 『sunset girls』はジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオの『海を見たことがなかった少年 モンドほか子供たちの物語』をベースにしている。
このsunset girlsという物語に出てくる"girls"とはプティト・クロワでありリュラビーだ。
ぼくの懐古趣味は小学校に上がる頃から既にあったと思う。
幼少の頃のアルバムを覗いては「この写真の中の世界に行きたい、でも行っても誰もぼくのことを知らないんだ」
そんな自分勝手な寂しさになんだか心地よさも感じつつ過去という現実が通り過ぎてしまった世界に幻想を求めていたのかもしれない。
『海を見たことがなかった少年』を手に取ったのは18才の頃だった。
スタンドバイミー的なジュブナイル物だと勝手に勘違いして読み出した自分にとっては肩すかしな内容だった。
しかし若さとは高尚なものを求めようとするもの、美しいヨーロッパの乾いた原風景に憧れていた自分はその景色の描写の美しさを空想しては悦に浸っていた。
『海を見たことがなかった少年』の原風景はいつの間にかぼくの頭の片隅をビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』と同じようにひっそりと巣食ってしまった。
east end girlを制作した時、前述の短編集に収録してある『牧童たち』のイメージが湧き出て来た。
"地平線"
この単語が頭から離れなくなる。
地平線の向こうから来た少年、自分のことを何も語らない彼に主軸において物語を進めようとしていた。
skyline boyという曲は何も語らない彼が唯一口ずさむ歌、心の内側に鍵をかけてしまった彼が「ぼくはここだよ」と自己の存在を肯定する唯一の手段という設定で作った。
その頃はまだ夕暮れというテーマは出来ておらず荒涼としたプロバンス辺りのイメージと自分の生まれ育った「記憶の中にある」場所を照らし合わせながらskyline boyとeast end girlの出会いと別れを膨らませようとした。
影絵のイメージはその頃からあった気がする。
hill girl stepsやblue & green wavesもその頃に出来ていて青空や大陸的な乾燥したイメージで作っている。
プロバンスと言えば『海を見たことがなかった少年』と同時期にマルセル・パニョルの『少年時代の思い出』を映画化したイヴ・ロベール監督の『プロバンス物語マルセルの夏休み~マルセルのお城』に出会い一辺にやられてしまい、いつかこのイメージをテーマにアルバムを作りたいと思っている。
以前演奏公演の為に南フランスのニームに訪れた時、ウラジミール・コスマの音楽が頭から離れなくなってしまい、「日本に帰りたくない、このまま自分という人間を捨ててこのままひっそりとこの場所に留まりたい」と本気の蒸発に頭を悩まされてしまった。
話が逸れてしまったがskyline boyを主軸にアルバムを組み立てていた時、初めて夕暮れのテーマが出て来たのはeast end girlのPV制作の為に即席で持ち出したアイデアの中からだった。
その瞬間に自分が体験した台風一過の夕暮れが脳裏をよぎる。
当時ぼくは多摩川沿いに住んでいた。
自分に言い訳を付けながらだらだらと音楽をやりながらよく多摩川の土手で時間を費やしていた。
そんな20才を過ぎたある年の9月、大きな台風が東京を通過。
ふと窓から差し込んでくる光に目を奪われる。
台風一過の一面桃色に染められた夕暮れは白昼夢のようなおかしな現実味を帯びており、誰もいない住宅地に夢の中にいる甘美な居心地の悪さに酔いしれながらふと多摩川まで足を伸ばして心打たれた。
土手の半ばまで増水した川には公園の遊具が半分以上沈み、先ほどまでの物影の無さが嘘のようにぼんやりとした影のような人達が集まりぼそぼそと聞こえぬ声で何かを話している。
不穏な雲を黄金色に照らす日没。
足下には虫の鳴き声が夜を迎え始めている。
土手に着くまでのギャップもあり何故か翻弄されていまい、本当に夢なのではないかと何度も自分に問いかけてみたりした。
後年、萩原朔太郎の『猫町』を読んだ時もこの体験がよみがえり妙な親近感を覚えた。
「あの時の鮮烈な記憶をそのまま形にしてみたい。」
そう思った時にsunset girlsという物語が生まれた気がする。
どこか大人びた現実味が欲しくて主軸を”地平線の向こうから来た少年”から”東の果ての少女”に変えた。
荒涼とした原野と青空は台風一過という特殊な状況下の多摩川に変わった。
「何処にでも居るちょっと内気な少女が台風一過の多摩川の土手を越え、丘の上の夏祭りに向かう。
sunset girlsはただそれだけの話にしよう。」
地平線の向こうから来た少年の心を覗ききれないでいた自分に一気に突破口が開いた気がした。
ル・クレジオに準えてなのか(準えてというにはあまりに稚拙であるが)日常生活の一部を切り取って風景描写で不思議な世界にしたい、そういう気持ちもあった。
「自分の体験が物語になるなんてなんて素敵なんだろう!」
ぼくは心躍りながらeast end girlのPVの為のシナリオとプロットを書いた。
昼間の嵐、窓から差し込む光、川に沈んだ公園、地獄の業火のような日没。
east end girlは丘の上に住む少女hill girlと共にstepを踏みsundown riverに架かるswallowtail bridgeを越え,sunset slopeを駆け上がる。
地平線の向こうから来たskyline boyは無口な転校生に姿を変え、継ぎ手の居なくなった古くから伝わる踊りを踊る。(last boy dance)
お祭りの喧騒の明るく輝く夜に踊る心と空の星。(light night dance)
翌日、晴れた空を見上げeast end girlは憶う、この青空の向こうにいつも昨日見た沢山の星々が輝いているのだと。(day all stars)
そして夏の風に木々はざわめく。(blue & green waves)
何処かのインタビューで自分でも話していた民話の概念を取り入れたのは半ば後付けだった。
川を越え橋を渡る、ステップを踏む、生者が死者の世界に行く為の儀式にも捉えられる所から夏祭りは少女が亡くしてしまった大切な人に会いに行くという意味が追加された。
淡々とした日常のちょっとした記憶を切り取る。
少女が時を経てこの日のことを思い出した時に「どこまでが現実でどこまでが記憶の補完で自分が作り出した記憶なんだろう」
そんな風に思うようなものにしたかった。
会津の大内宿辺りの藁葺きや山奥にひっそりとある時が止まったような美しい集落のイメージをぼくは全く持っていなかったのでMA時に初めてPVを見せてもらい困惑したのを覚えている。
しかしあのアートワークやeast end girl,hill girl steps,light night danceの3つのPVの時の止まった過去なのだか現実なのか分からない感じ、現代のものである象徴が描写されない限り時代設定も分からない部分は自分が始めに出したかったル・クレジオ的な部分を多分に引き継いだのだと思う。
民話の要素だの死の概念等色々詰め込んではいたものの表面的に押し出すつもりはなかった。
そこにあるのは少女の日常のみでありそれ以上にもそれ以下にもしたくなかった。
east end girlはいつも『空の民』のプティト・クロワのように雲と話をしているかもしれない、hill girlは『リュラビー』のようによく学校をズル休みしては光や水と戯れているかもしれない。
そのような少女の日常を、”描かずに描くことが出来るか”ということが一つの挑戦だったと思う。
架空のサウンドトラックでもなく言葉を持たない言葉はこのsunset girlsという音物語を聴いた人たちのどこまで染み込んで行くのだろう。
そんな楽しみは今も続いている。
ところでsunset girlsの物語の舞台は明確な場所がある。
sundown riverは多摩川でありswallowtail bridgeは関戸橋もしくは四谷橋、sunset slopeはいろは坂。
丘の上の桜ヶ丘住宅地を抜け東寺方にある総合体育館近くの広場で行われる隣組が開催する小さなお祭りに友達に誘われたので行く、ただそれだけのお話。
この地域はとある映画の舞台になっておりファンの間では有名な街。
かく言うぼくもその映画に魅せられてニュータウンに心奪われるようになった。
sunset girlsはぼくにとって公私共にとても大きな変化の中で出来たアルバムでありこの変化に大切な人たちを巻き込んでいた。
自分の未熟さもあった。
必死だったし喜びもあった。
自分が出したどのアルバムもとても大切なものだがこのアルバムは特に思うたびに胸が締め付けられる。
変化は人に刺激を与えるが同時に大きな戸惑いを与える。
変化していかなければいけない不安、変化に追いつかなければという不安、変化することに戸惑いを隠せなかった思春期のような不安。
真綿で首を絞められるような憂鬱な春の心地良さは変化という戸惑いの記憶を懐かしんでいるのであろう。
自分はこの戸惑いを乗り越えられたのかどうか分からない。
一生分からないかもしれない。
いや、きっと一生分からなくていいのだと思う。
坂を上りながら少女たちはきっと胸が高鳴ったと思う。
不安と期待の入り交じる胸の高鳴りは何物にも代え難い。
sunset slopeという曲がこの想いをすべて表してくれているとぼくは信じている。
「この坂を上りきると何があるのだろう?」
ぼくはこの瞬間が一番好きだ。
あとがき
随分と感傷的な記述が目立ったと思いますが、sunset girlsはぼくの3作のオリジナルアルバムの中では一番幸せなお話です。
まだまだ深い話は沢山あるのですがそれはまた次の機会にでも。
台風一過の記述をしているうちに「もしかしてあれは夢だったのかも…」とおかしな気持ちになってしまいました。
これを読んだ後にsunset girlsを聴いて少女の瑞々しさを感じて(または思い出して)くれたらうれしいです、最後まで付き合ってくれてありがとう。
DE DE MOUSE
わたしは読んだ後にsunset girlsの新しいイメージが加わり もっとこのアルバムが前より好きになりました☆*:.。.
DEDEMOUSE?って思ったら聴いてみてほしいな*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*



