King とQueenが巡り逢う夜 | 夢の終わりに・・・

夢の終わりに・・・

哀しいほどの切なさとときめきを


ヨーロッパの古城の扉を思わせるような、石造りの壁と重厚な木のドア。
壁にはシンプルな金属プレートが設えられており、小さなライトがそのプレートを照らしていた。
アルファベットで書かれた「Bar HIIRAGI」の文字が優しく浮かび上がっていた。
マヤは躊躇いながらもそのドアの取手に手を掛けた・・・

今から一時間程前、マヤの携帯に水城から電話があった。
「マヤちゃん、真澄様を迎えに行ってくれないかしら?」
訳を聞けば、真澄が何やら落ち込んだ様子なのだが、その理由が水城にも分からず、マヤに探って欲しいと言うのだ。
「そんなの無理です、、、と言うか、聞くまでもないんじゃないですか?
紫織さんとの縁談が駄目になって、落ち込んでるんです。」
水城は盛大な溜息をついてマヤに言った。
「いいこと?マヤちゃん、これは他言無用よ。」
一際低い声で重大な事を打ち明けられると思い、マヤが身構えた。
「あの破談、実は真澄様が自ら望んで仕向けたものなのよ。
鷹宮の対面を慮って、彼方から断られたとしてるけど、実際は逆。」
「で、でも良く紫織さん、納得されましたね。
あんなに速水さんのこと愛してらしたのに。」
真剣に紫織を心配するマヤの純粋さとお人好し加減に水城はまたも小さな溜息をついた。
「あんなものは、世間知らずのお嬢様の麻疹みたいなものよ。」
縁が切れたとは言え、水城の明け透けな物言いにマヤは慌てた。
「そ、そんな、水城さん。
紫織だって真剣に速水さんのこと好きだったんだと思います。」
「そうかしら、真澄様より好条件な物件が出たらホイホイそちらついて行くような方よ。」
「別のご縁があったって事で、おめでたいじゃないですか。」
それすらも真澄の策略だった事は、聡い水城は口に出さない。
実際、鷹宮紫織には決して悪い話ではなかったはずだ。
長年の恋心を拗らせた面倒な真澄より、よほど紫織のことを幸せにしてくれる相手だと、水城は思う。
そこについては、真澄は真剣に紫織のことを考えて人選したようだ。
「なら、速水さんは、何を悩んでいるんでしょう?」
脱線しかかった話をマヤが徐に戻してきた。
「それがわからないから、貴女に頼んでいるんじゃないの。」
水城もすかさず本題に戻る。
「真澄様って、ご自分の心の内はあまり他人には明かされないの。(私には丸わかりだけどね)」
「そうなんですか、、、それなら尚更私では役不足なのではないですか?」
「そんな事ないわ、マヤさん。
あなた方はいつも他愛のない事で、犬も喰わないような喧嘩してるじゃない。
あれって、真澄様にとっては相当レアなことよ。
(貴女以外に誰がいるのよ。
子供じみたたちょっかい出しては、楽しそうに
戯れあってるじゃない。
あれが素の真澄様よ、貴女が気付いてないだけ。)」
幸いにも水城の心の声はマヤには届いてはいない。
いい加減に二人をどうにかしたい水城の思惑がそこにあった。
とは言え、自分が何もかもを明るみにするわけにはいかないのが、まったくもって辛いところである。
「とにかく、いつものBARにいらっしゃるから、あまり飲み過ぎないように宥めて、一緒に帰ってちょうだい。」
「一緒に帰るって、どこへ、、、」
「頼んだわよ、マヤさん!」
マヤがあたふたしてる間に、水城はさっさと電話を切ってしまった。
「もう、何なのかしら、水城さん。」
とりあえずマヤはタクシーに乗って、件のBARにむかった。
マヤにしてみれば、とんでもない無茶振りをされたと思わずにはいられない。
だが、真澄の縁談については思いもかけない話を聞いてしまった。
あの縁談が実は真澄にとって意に染まぬものだったとは。
確かに真澄程の人物なら、自分の力でもっと大都を大きくできるだろう。
姻戚関係の後ろ盾などなくとも、己の才覚でM&Aでも何でもできるはずだ。
とは言え、ビジネスのためなら手段を選ばない真澄ではある。
利用できるものは利用する冷徹さも持ち合わせているはずだ。
逆に政略結婚を淡々と進めてしまいそうな、、、。
「仕事よりも大切にしたいものがあるってことよね、、、誰か心に秘めた人がいるのかな。」
独り言を呟けば、チクリと己の胸が痛んだ。
破談となったところで、なにも状況は変わらない。
よもや自分が真澄に思いを寄せているなど、彼は想像すらできないだろうとマヤは考えていた。
それでも何かを期待してしまう自分の心の浅ましさが恨めしい。

いざBARの前に立つと、マヤはどんな顔をして店に入ればいいのか分からず、水城には申し訳ないが、このまま帰ってしまおうかとさえ思った。
だが、落ち込んでいると聞かされては、放ってはおけないと思う自分もいて、マヤは躊躇いながらも心を決めて、ドアを開けた。
薄暗いエントランスを右手に曲がると、カウンター越しにバーテンダーが微笑み、「いらっしゃいませ。」と、落ち着いたテノールの声音でマヤを迎えてくれた。
だが、そこに真澄の姿はなかった。
少しだけ拍子抜けだ。
「あ、あの、、、」
「こちらにどうぞ。」
バーテンダーに導く席にとりあえず座る。
自分の席の右隣を見ると、少し溶けかかった丸氷とウイスキーが入ったオールドファッションのグラスが置いたままになっていた。
「御手洗に立たれただけですので、すぐに戻っていらっしゃいますよ。」
バーテンダー何も聞かずとも必要な情報をマヤに与えてくれた。
「あ、はい・・・」
自分が何者で、誰を尋ねてきたのか、全て分かっているらしい。
温かいおしぼりとコースターを出してくれたバーテンダーの顔を見る。
マヤは訳知りの彼が何者なのか不思議に思ったが、それを尋ねるより先に、真澄が店の最奥から出てきた。
俄かにマヤに緊張が走る。
「マヤ?」
真澄は少なからず驚いたようだったが、落ち着いた様子で自分の席、つまりはマヤの隣に腰掛けた。
カウンター越しにすっと出されたおしぼりを受け取り、軽く手を清めると、そのまま返した。
その何気ないやりとりを見ていたマヤに、「何をお作りしましょうか?」とバーテンダーが声をかけた。
「えーっと、酔うとまずいので、ノンアルコールで何かお願いできますか?」
「お好みの味や香り、色など、ご希望はありますか?」
「あ、私、よくわからないので、お任せします。」
マヤは取り繕うこともせず、素直に答える。
「かしこまりました。」
バーテンダーが一旦二人の前から離れる。
それを待っていたかのように、真澄がマヤに尋ねた。
「どうしたんだ?」
酒もろくに飲めないマヤが、自ら好んでここに来たとは到底思えない。
「水城さんが、速水さんが落ち込んでるからその訳を聞いてきてくれって。
あと、あまり飲みすぎないように、連れて帰ってくれと。」
マヤはここでも素直に事の些細をありのままに話した。
だが、破談の真相について聞いたことは黙っておいた。
自分が首を突っ込んではいけないと思っているからだ。
マヤの返事を聞いて、真澄の眉間に皺が寄った。
〜水城の奴、余計なことを、、、〜
真澄の心の声はマヤに聞こえる事はなかったが、真澄の表情から、自分が招かざる客だったと言われた気がした。
「あ、やっぱり私帰った方がいいですよね。」
慌ててスツールから降りようとするマヤ。
その手首を真澄が咄嗟に掴んだ。
「行くな。あ、いや、その・・・帰る必要はない。」
マヤは驚いて真澄の顔を凝視した。
二人の間に流れる微妙な空気を和らげるような絶妙な間で、バーテンダーがマヤにカクテルを差し出した。
カープ型のシャンパングラスに、淡い薄紫色の液体が細かなクラッシュアイスと共にエッジのギリギリまで注がれており、濃い紫色の小さな花びらな数枚散らされていた。
それを見たマヤの心はドキリと波打った。
紫の薔薇を想像せずにはいられなかったからだ。
一方の真澄は、こんな思わせぶりな事をする男に胡乱な視線を送った。
ここにもまた秘書と同じくらいおせっかいな輩がいた訳だ。

実はこの店のバーテンダーは真澄の旧知の友で、冷泉柊という。
京都の名門冷泉家の出身でありながら、気取ることもない、気のいい人物だ。
よほど真澄の方が取っ付きにくく、扱いづらい人間である。
学生の頃、「容姿淡麗」と「頭脳明晰」を地で行くような真澄は、周囲の学生たちからは憧憬と畏怖の念で見られていた。
更に真澄自身、屈折した感情を持て余していて、まるで周囲の人間を拒絶するような雰囲気を漂わせていた。
そんな誰もが近寄り難いと思っていた真澄に柊だけは何の屈託もなく近づき、気がつけばキャンパス内では二人でいる時間が多くなった。
不思議なことに真澄も柊に対してだけは、素直に接することができた。
そんな柊故に、彼は真澄の苦悩を正確に理解していた。
もちろん根掘り葉掘り真澄本人から些細を聞いた訳ではない。
何気ない彼の言葉や世間から流れてくる噂、色々な情報からの推測ではあるが、それらは見事に的を得ているのである。
例えば、真澄がもうずっと前から恋をしていて、その相手が誰であるかも。
そして剰え、あしながおじさんの真似事までしていることも。
しかもマヤへの恋慕については真澄本人が自覚するよりも遥か前に柊は気づいていた。
更に恐ろしいことに、真澄がマヤに出逢った事を本人から聞かされた時点で、彼が早晩彼女に惚れてしまうだろうことを予期していたのだ。
それ程に柊にとって、真澄のマヤに対する行動は分かりやすいものだった。
一般的に見れば、真澄のマヤに対する行動は屈折していてわかりにくいのだが、元々屈折している真澄である、、、屈折も過ぎれば一周まわってゼロになるのか、柊には真澄の屈折を無効にするフィルターが備わっているのかもしれない。
それは秘書の水城も同じだった。

柊もまた、水城と同様にマヤとの恋に臆病な真澄を何かと気にかけ、心配してくれている。
真澄も有り難いとは思うのだが、世の中にはどうにもならないこともあるのだから、少し放っておいて欲しいと思うこともある。
「綺麗なカクテルですね、、、この花びらは?」
マヤが柊に問う。
「エディフルフラワーのビオラですね。
マヤさんには薔薇の方がお似合いでしょうが、紫の食用薔薇は手には入りにくいので。」
「食べられるんですか? このお花・・・」
「ええ、食べられますよ。
もちろん残してもらってもいいです。お好きになさってください。」
マヤはゆっくりとグラスを口元に運んだ。
「甘くて美味しいです。」
「紫の薔薇が良かったか?」
真澄がポツリと呟いた。
「いえ、別に。
紫の薔薇なら何でも良いわけではないですし。」
「そうか、、、そうだよな。
あの人からの薔薇じゃなければ意味はないか、、、」
しみじみと呟いて、グラスの酒を煽る真澄の横顔が辛そうに見えた。
真澄はなんでわざわざそんな事を言うのだろう。
まるで紫の薔薇の人にやきもちを焼いているようにすら感じてしまう。
そんな事あるはずはないのだが。
そしてマヤは自分がここにきた理由を思い出した。
「速水さん・・・何か辛いことがあるんですか?
今日の速水さんはいつもと違う気がします。
速水さんでも落ち込むことがあるんですね。」
こんな時に気の利いたセリフのひとつも出てこない朴訥な自分にマヤは忸怩たる気分になる。
「"でも"って、、、随分な言われようだな。」
怒るでもなく、真澄は隣のマヤを見る。
いつもならここで、仕返しとばかりに皮肉や嫌味のひとつも返ってくるのだが、今日は本当に様子が違った。
「俺は、人が言うほどタフじゃないよ。」
こんな弱気な事を言う真澄を初めて見た気がするマヤだった。
「理由を聞いてもいいですか?
私では何の役にも立たないと思いますけど。」
何を言っていいか分からず、でも何か自分にできる事はないかと思い、懸命に言葉を紡ぐ。
「そんな事はない。」
二人の間に暫しの沈黙が訪れる。
「役に立たないなんて思ってはいない。」
柊は真澄の空になったグラスを新しいものに替えると、いとも自然にカウンター奥のバックヤードに消えた。
「・・・失恋したんだ。」
「え? だってあれは水城さんが、、、」
「紫織さんの事じゃない。
失恋はもっと昔のことだ。」
「今でも忘れられないってことですか?」
「・・・忘れられないどころか、前よりも好きになってる・・・」
マヤはここに来たことを酷く後悔した。
やはり、自分にはどうする事もできない問題だった。
それだけではない、マヤもこの瞬間、真澄と同じ失恋の痛みを味合わなくてはいけなくなりそうだ。
「速水さんほどの人を振るなんて、凄い人ですね。余程のお金持かステータスのある方なんじゃないですか?何処かのお姫様?」
男女の機微なんてものとはかけ離れたところにいるマヤには、想像がつかないのである。
彼女にとっては真澄が全てであり、この世で最高のスパダリなのに、彼でさえ手に入れられない人間がどんな人物なのか。
「マヤ、、、君は天才的な女優だが、まだまだネンネだね。」
真澄が仕方ないなぁとばかりに呟いた。
「ね、ネンネなんて、失礼な、、、」
いつもの調子で何か言い返そうと思ったマヤだが、どうにかそれを堪えた。
「わ、私のことはいいんです。
今夜は速水さんの悩みを解決しなければ。」
いつしか、「マヤちゃんのお悩み相談室」になっていた。
「君、、、恋人に求める条件は?
地位?金?ルックス?、、、それとも全部?」
真澄がイタズラっぽく笑って尋ねた。
「優しくて、厳しい人が好きです。
例え相手に嫌われても、相手のために厳しくいられる人、、、それって究極の優しさだと思うんです。
もちろん、お金がないよりあった方がいいと思うし、カッコいいに越したことはないけど、あまりにドキドキするのは心臓に良くないし、、、地位は特に関係ないです、、、」
マヤは極力正直に、でも何か感付かれることのないように答えた。
「ほらね、、、世の中には、金や地位では靡かない人間というのはいるものだよ。
君が証明してるじゃないか。」
真澄の突っ込みにマヤは唸る。
「うーん、確かに。
私、速水さんにいいようにはぐらかされてません?」
「バレたか」
真澄はグラスの酒を飲み干すと、マヤの肩をポンと叩いた。
「さ、帰ろう。送っていくよ。」
真澄はタクシーを拾って来るといって、先に店を出た。
マヤも急いでついて行こうとして、あるものに目が止まった。
真澄の使っていたグラスだ。
「・・・・これ・・・」
「baccaraの限定ですね。確か世界で300個でしたかね。」
「お店のなんですよね?」
「これは速水さん専用です。
何年も前に彼が持ってきて、、、大切な人から貰ったもので宝物なんだそうです。
欲しいものはなんでも買える彼が、限定とは言え、たった一つグラスを大切にして、そのグラスで幸せそうに酒を飲むんです。」
マヤがグラスを手のひらに乗せた。
そして何かを確かめるように言った。
「速水さんはこのグラスの送り主のことが好きなんでしょうか?」
「・・・ええ、おそらく。」
マヤはそっとグラスを置いて、柊に一礼すると静かに店を後にした。

タクシーに乗ってからマヤの様子が少しおかしい。
「どうした?何か落ち込む事でもあったのか?
悩みなら聞いてやるぞ。」
真澄はマヤのお株を奪って、悪戯な笑みでマヤの顔を覗き込む。
「速水さん、私の部屋でもう少し飲みませんか?」
予想外の誘いに真澄は一瞬言葉に詰まった。
仕事ではこんな風に相手に刺し込まれることはまずない。
ここは上手く躱して断るべきだ。
真澄の理性が警告する。
取り返しがつかない失敗を二度もしてはならない。
マヤの母を死に追いやった罪は、消えても薄れてもいない。
この上、マヤを傷付けるような事態は絶対に避けなければならないと。
マヤと二人きりになって、いつもの仮面をお前は平然と被り続ける自信はあるのか。真澄が真澄に問う。
だが、、、もう一人の自分が囁く。
もっと素直になっていいと。欲しいなら欲しいと言えばいいと。
無傷の恋などない、、、ましてや全てを諦めた所で、それは胸の一番奥深い所で傷となって生涯血を流し続けるだけだ。
マヤとの恋に無傷の勝利など何処にもありはしない。
それならば、傷だらけになっても君を好きだと言ってみたい。たった一度のことでも。

気づけば、真澄はマヤのマンションのリビングにいた。
マヤがダイニングからオールドファッションのグラスとウィスキーのボトルを持ってきた。
普段酒を飲まないマヤの部屋にこんなものが揃っている事に一抹の不安を覚える。
「氷、、、なくてもいいですか?」
マヤは真澄の不安を他所に、ウィスキーの封を切る。
どうやら誰かが残していったものではないらしい。
「どうぞ」
マヤに勧められてグラスを手にして、真澄が違和感に気づく。
そのグラスがHIIRAGIに預けてあるグラスとよく似ていたからだ。
似てはいるが、カッティングの模様が少し違う。
とは言え、違うラインとまでは違わない。
「このグラス、baccaraが恋人達の為に作った世界で300個のグラスのひとつなんです。
でも今速水さんが使っているのは実際は150個しかないの。」
真澄はマヤが静かに語り出した話に鼓動が速くなるのを感じた。
「そのグラスには片割れがいて、その片割れが世界に150個あるんです。
そのうちのひとつが、さっきまで速水さんがお店で使っていたもの。
これがQueenで、あれがKingなの。
そして、その二つが対で売られているの。」
「なるほど、それで300個なのか。
なかなかの偶然だね。」
「その対のグラスにはね、同じシリアルナンバーが入っているの。」
真澄は一瞬息を飲んだ。
そして手にあるグラスの底を覗く。
琥珀色の液体でよくわからない。
真澄はウィスキーをグッと一息で飲み干した。
喉に焼け付くような熱さを感じるが、酔う気はしない。
グラスの底から見えるシリアルナンバーは311。
いや違う、底を上に彫られているのだから、113が正しい。
そして、自分のKingのグラスも113だった。
単なる偶然だと思っていたが、そうではなかったということか。
「君は知っていたのか?」
言葉少なに尋ねる。
それでもマヤに問いの真意は伝わるだろうという確信があった。
「はい」
「いつから?」
「忘れられた荒野の後、、、」
マヤから思いもよらない事実を知らされた。
このグラスが贈られたのはそれよりもずっと後の事だ。
いつも聖を経由して薔薇の人へ贈られるマヤからの誕生日プレゼント。
聖はいつもマヤからのプレゼントをマヤの誕生日に預かっていたという。
真澄が紫の薔薇の名でマヤに誕生日祝いを届ける時だ。
マヤには紫の薔薇の素性は知らされていないから、マヤはその人の誕生日が来たら渡して欲しいと聖に頼んでいたのだ。
今年もまた、届く筈だ。もうすぐ日付が変わる。
11月3日、それは真澄の誕生日だった。
「君は毎年、俺の為の誕生日祝いを贈ってくれていたんだな。」
「速水さんはあのグラスを大切な人からの宝物だって、、、貴方にとっての大切の意味が私は知りたい。
私は貴方にとって、金の卵を産むニワトリ?それとも、、、」
真澄が俄かに声を荒げた。
「そんな筈ないだろう!」
そしてマヤの両腕をつかんで、自分に向き合わさせる。
「俺が、、、俺がこれまでどんな思いで君を見てきたか、、、マヤ、、、俺の世界には君しかいないんだよ。
君に出逢ってからの俺は、君のためだけに生きていると言ってもいい。
大都を大きくしたいのも君の為、君を女優として推し出すのだって、君が演じる事と切り離されては生きていけないからだ。
我欲だけに素直になっていいのなら、君を誰の目にも触れさせず、俺だけの君にしてしまいたい。」
思わず抱きしめてくる真澄に、今度はマヤが応える。
「ありがとう速水さん、今まで本当にありがとうございました。
速水さんがいてくれたから、貴方がずっと私を見ていてくれたから、今日まで頑張れたんです。
私を生かしてくれたのは、紛れもなく速水さん、貴方です。」
「マヤ、、、それは君も俺と同じ気持ちだと思っていいのかい?」
マヤが何度もうんうんと頷く。
「大好き•••」
「マヤ•••好きだ、愛してる。」
「もう聖さんに託さなくても、直接渡せるんですね。お誕生日のプレゼント。
でも、今年のはもう聖さんに渡してしまいました。」
マヤが残念そうに真澄を見つめた。
「聖に託してくれたプレゼントとは別に欲しいものがあるんだ、マヤ。」
真澄にプレゼントをリクエストされて、マヤが張り切って問う。
「何が欲しいんですか?
今は真夜中だから、朝になってからじゃないと準備できないけど、、、」
真澄がクスッと笑った。
「俺の欲しいものは何処にも売っていないし、お金じゃ買えないよ。」
その言葉に首を傾げたマヤの鼻の頭に人差し指をピッと重ねた。
「キミ、、、マヤをプレゼントして欲しいな。」
見る見る間にマヤが真っ赤になる。
「俺だけのQueenになってくれるんだろ?俺は君だけのKingになるよ。」
思いもしないストレートな真澄の求愛に、ただただ慌てていたマヤ。
だが、覚悟を決めたのか、ギュッと目を瞑ったかと思えば、返事の代わりに、真澄の唇にチュッとキスをした。
「お誕生日おめでとうございます。」
これには真澄も驚いたが、嬉しそうに笑った。
ウブなマヤのキスが可愛くて。
真澄はマヤの顎をすっと長い指で持ち上げると今度は優しい大人のキスを返した。
「生まれて初めての最高の誕生日だ•••ありがとう、マヤ。」

念願の恋が成就した男のその後の行動は凄まじいほどに早かった。
交際宣言の後のマンションでの同棲。
失った時間を取り戻すかのような、甘くて優しい日々を送る二人。
ずっと離れていた、KingとQueenの二つのグラスが、今はキラキラと煌めきながら寄り添っている。
それは、真澄とマヤそのものだった。


fin