特別な初めてを貴方にあげる、あったかいんだから〜♪ | 夢の終わりに・・・

夢の終わりに・・・

哀しいほどの切なさとときめきを


「マヤちゃん、ホントにひとりで大丈夫?」
意気揚々とスーパーでカートを押すマヤの隣で、確認を繰り返すのは、株式会社大都芸能のCOOにして、大都の看板女優北島マヤの主任マネージャーを兼務する藤堂朱夏その人である。
「大丈夫よ、朱夏さん。
だって今日は簡単なメニューだもの。
ルーは市販のものを使うし、失敗はないと思う。」
カートのカゴの中には、人参、玉ねぎ、じゃがいも、ブロッコリー、リーフレタスにミックスハーブ。
入店からマヤを観察している藤堂は口では心配をしつつも、マヤが意外にもスムーズに買い物をしているのに感心する。
だが、感心したのも束の間、
「あ、スモークサーモンとバゲットも買わなきゃ。」
今夜の料理のメインとなる鶏肉を選んでいるかと思えば、鶏を放り出して突如シーフードのコーナーに突進するマヤ。
「マヤちゃん、、、」
勿論藤堂の手には、マヤがカゴに入れ忘れた鶏肉のパックがしっかりと握られていた。
やっぱり、マヤはマヤである。
「チキンのクリームシチュー作るのに、鶏肉忘れてどうするの、、、」
本人には聞こえないツッコミを入れながら、カゴに鶏肉を忍ばせた。
この辺りには富裕層向けのレジデンスが多く、一般のスーパーに比べると、クォリティーも値段も高めだ。
いつものマヤなら少し遠くても普通のスーパーに行くところだが、今日は特別なのだ。
「速水さんが、“マヤの手料理食べたい♡“ って言うの。」
マヤと真澄が正式に付き合い始めての初めてのクリスマス。
真澄へのクリスマスプレゼントを何にすべきか悩んでいたマヤが、何でも持っていて、何でも買える恋人に何が欲しいか訪ねたところ、そんな答えが返ってきたと言うのだ。
この話をマヤから聞かされた時、藤堂はただ単に微笑ましい事よと笑ってスルーしたが、親友であり真澄の秘書である水城にそれを話したところ、とんでもないことに巻き込まれてしまったわねと嘆息された。
「マヤちゃんは見事な家事オンチよ。
キッチンは大惨事になりかねないし、ましてや料理中にケガでもされたら、真澄様の事だもの大騒ぎになるわよ。」
水城の指摘に、藤堂は思わず額に手を当てた。
「確かに、、、迂闊だったわぁ。」
「貴女、鷹宮問題が片付いて、気が抜けてるわ。
ある意味、いや、むしろこれからの方が大変よ。
あの二人を無事ゴールインさせるまでは。」
水城の尤もな意見に藤堂も納得し、結局、水城をも巻き込んでの北島マヤの手料理プロジェクトが勃発したのだった。
水城のミッションは専ら真澄の超多忙な年末のスケジュールに十分な空きを確保する事だった。
その件については如才なく水城が役目を果たした。
そしてその後は藤堂のミッションである。
イヴの当日、恙無くその日のスケジュールをこなしての夕方、まずは材料の買出しに付き添ってマヤと来たわけだ。
最初はスムーズかと油断しかけたところに、やはりおっちょこちょいなマヤの行動に改めて気を引き締め直す藤堂であったが、最後にマヤが手書きで作ったリストで品物を確認して、無事買い物は終了し、二人でそのまま真澄のマンションへ向かった。
とにかく事故なく、怪我なく、クリームシチューを作って、真澄の帰宅前に引き上げなければならない。
水城からはLINEで真澄のスケジュールの進捗が適宜送られてくる。
帰宅は午後8時ごろになりそうだ。
クリスマスケーキも水城の方で確保済みで、真澄に持たせて帰るとの連絡もあった。
あとは肝心要のクリームシチューである。
真澄に自分で手料理をというマヤの心意気を買って、藤堂は極力手出しはせずに、口だけ出すことにする。
「マヤちゃん、まずはジャガイモとニンジンの皮を剥きましょう。」
極力包丁は使わずに、ピーラーでできる処理はピーラーにした。
皮剥きはピーラーだから安全の筈なのだが、、、
「あ、親指の爪先まで削っちゃった、、、」
「えっ、、、何故にそうなる(汗)」
水城の言葉の意味を今一度噛み締める藤堂であったが、ここで日和る訳にはいかない。
「マ、マヤちゃん、指は立たずに、人参の下の部分を持ってね。」
これでは先が思いやられるかと一瞬焦ったが、一度注意をしたことはちゃんとできるようになるので、壊滅的な不器用ではないと判断し、少しだけ安堵し、都度的確な指示と指導をする。
「包丁は使わない時はまな板の奥に刃を向こうに向けて横置き。」
「はい。」
まるで学校の家庭科の授業さながらである。
「ジャガイモの芽の部分は、包丁の刃の角を使って抉るの。
その時に右手の親指の腹をジャガイモに添えて、刃を安定させて、、、そうそう、上手よ。」
「ジャガイモの芽は毒素があるんですよねー。」
「そうなの。あと皮や身が緑色になっているのもダメよ。」
「へえ、そうなんだ、、、知らなかった」
二人で何気ない会話をしながら作業を進める。
シチューの下拵えも無事に済んで、いよいよ煮込みに入る。
火加減を調整して蓋を閉めれば、後は勝手に出来上がるだろう。
その待ち時間にスモークサーモンの前菜とグリーンサラダを作った。
「あっ、ドレッシング買ってくるの忘れちゃった。」
マヤが素っ頓狂な声を出すも、藤堂は冷静にドレッシングも手作りにしようと提案した。
レモンを絞り、岩塩とエキストラヴァージンオイルを加えて混ぜれば出来上がる。
こちらは前菜用のソースだ。
「食べる直前にこのミックスペッパーを挽いてね。」
グリーン、ピンク、ホワイト、ブラックと四種が入ったミル付きのペッパーをスパイスラックで見つけた藤堂は、マヤが忘れないようにキッチンのカウンターに置いた。
そして、グリーンサラダ用には卵黄を使った乳化タイプのドレッシングを用意した。
「すごーい、ちゃんとできたぁ。」
こんな風にドレッシングが手作りできる事に感動するマヤ。
そして、ロイヤルコペンハーゲンのプレートに数種のハーブを添えて盛り付けたサーモンのオードブルと、ガラスボールのサラダを見て、マヤが満足げに笑っていると、
「シチューを盛る深皿はオーブンで軽く温めて。
マヤちゃん、出す時は必ずミトンを使うのよ。」
藤堂が事細かに指示を伝える。
「はーい。あとはトースターでバゲット焼くんですよね。」
仕上げに、ダイニングテーブルにランチョンマットとカトラリーとグラスをセットして、バゲット用の取り皿とバターナイフをセットしながら最後の段取りを確認した。
何とか思い通りの料理と準備ができて、マヤはほっとして、指南役の藤堂に満面の笑みで礼を伝えた。
そんなマヤを眺めつつ藤堂は、真澄がこの状況にどんな顔をするのだろうと想像する。
〜きっと私達が見たこともない笑顔になるんでしょうね。
見てみたい気もするけど、いやいや、あの速水真澄のヤニの下がった顔など、、、〜
と、ひとりごちている間に、本人が帰ってきてしまっては目も当てられない。
藤堂はキッチンとダイニング、それぞれ最後の確認を済ませてると、そそくさと帰り支度をして、二人のマンションを後にした。

一方、大都本社では、、、。
「真澄様、お疲れ様でございました。
明日は午後2時にお迎えが参ります。
それまではごゆっくり。」
水城から終業を告げられると、真澄の顔が仕事モードからプライベートモードに変わった。
と言ってもその違いがわかる人間はほとんどいない。
水城と藤堂、後はマヤくらいのものだ。
「この年の瀬にスケジュール調整を無理させて悪いな。」
水城としては真澄のその一言だけで十分だったが、
「藤堂にも世話をかけた。
少ないがこれで今度二人で食事にでも行ってくれ。」
と、クリーム色のノーブルな封筒を渡された。
「恐れ入ります。では遠慮なく。」
水城は封筒を受け取ると一旦部屋を出て、直ぐに別の紙袋を持って戻ってきた。
「真澄様、こちらがご依頼のクリスマスケーキでございます。
お車はもう下で待機しております。」
「ありがとう、ではお先に失礼するよ。」
ホワイトベージュのトレンチコートを羽織った真澄はまるで、ファッション誌から飛び出したモデルのようだ。
そのコートを翻しながら部屋を出て行く真澄の背中に水城は一礼した。
「素敵な聖夜を・・・」

年末の都心はどこもかしこも混雑していた。
後部座席で腕時計を確認すれば、既に19時半を過ぎていた。
「君、今日はここでいい。
ここからならもう歩いた方が早そうだ。」
そう言って、さっさと車を降りた真澄は足早に舗道を歩き始めた。
プラタナスや銀杏の枯葉が木枯らしに舞う道をコツコツとヒールを鳴らして歩を進める。
東京は今のところ晴れているが、ここ数日まえから日本に冬将軍が訪れており、空気は刺すように冷たいし、夜には雪が降るかもしれないとの予報だ。
故に外気に晒され、ケーキを持つ手もどんどん冷たくなるが、不思議な事に寒さは感じない。
心が高揚しているせいなのだろう。
愛する恋人の待つ部屋に戻る・・・たったそれだけの平凡な事がこんなにも幸せだという事を初めて知った。
二人の初めてのクリスマス。
マヤが望むならどんな高級な店だって連れて行ってやりたいと思ったし、何でも買ってやりたいと思っている。
だが、そんな事を望む彼女ではない。
それどころか、マヤは何をプレゼントしたら自分が喜ぶのかとそればかりを気にしていた。
「速水さんが喜んでくれるのが、私にとっては一番のプレゼント。」
そんな愛らしい事を言ってくれる恋人に、真澄は素直に甘えてみたいと思った。
マヤが自分のために作ってくれた料理が食べてみたい・・・付き合い始めても言い出せなかったことだ。
けれどようやく、その願いが叶う日が来た。
真澄はやもするとこぼれ落ちそうになる笑みを奥歯を噛み締めて堪えて、足早にマンションに向かった。
そしてようやく辿り着いた我が家。
「お帰りなさい。」
ドアを開けて出迎えてくれたマヤに、まずは大きな花束を渡す。
「凄く綺麗、、、」
紫色の薔薇は何よりマヤが好きな花だ。
仕事柄、花をもらう事は多いマヤだが、この花だけは誰からも貰わないと言っていた。
つまり、この花をマヤに贈る事ができるのは世界中で自分だけだ。
「君のその笑顔が見たかった。」
花束越しに、真澄がマヤの頬にそっとキスをする。
マヤは真っ赤になりながら、花束をベースに活けて、真澄には着替えを促した。
カジュアルなグレーのコーデュロイのボトムスにしなやかなオフホワイトのVネックのウールニットを合わせた真澄が、キッチンを覗きにきた。
「前菜はスモークサーモンか、、、メインは?」
「チキンのクリームシチュー。外はとても寒かったでしょ?
温かいものがいいかと思ったの。」
真澄を見上げるマヤの瞳が少しだけ不安そうに揺れている。
「私、お料理とか全然ダメで、朱夏さんにいっぱい教えてもらったけど、こんな簡単なものしか作れなくて、ごめんなさい。」
真澄はそんなマヤが可愛いくてならず、思わず抱きしめてしまいそうになるのを堪えて、掌でマヤの頭を優しく撫でた。
「何を謝っているんだ、そんな事気にするな。
マヤの手料理というだけで、どれだけの価値があると思ってる。
俺にはどんな高級なフレンチよりも魅力的だよ。」
「インスタントのルーでも?」
「ああ、まったく問題ないね。
マヤのシチューに敬意を表して、よく合いそうな白ワインを開けよう。」
そうして、ダイニングに二人で向かい合って座る。
真澄が軽快な音を立てて抜栓したシャンパーニュでまずは乾杯する。
無事クリスマスディナーの準備ができてホッとしたマヤは、シャンパーニュを飲みながら、料理を食べる真澄を嬉しそうに眺めていた。
「マヤは食べないの?」
真澄が心配そうに聞いてくる。
「疲れちゃったか?
慣れない事をさせて、すまなかったね。」
マヤを気遣う真澄に、マヤが慌てて首を横に振る。
「大丈夫よ、疲れてないわ。
ほっとしただけ、、、速水さんのお口にあって良かったなって。
あ、でもまだメインのシチュー出してないね。」
マヤは席を立ち、予熱させておいた皿にたっぷりのクリームシチューを盛り付けた。
最後にほんの少し生クリームを垂らして、イタリアンパセリを飾って、真澄の目の前にサーブした。
温かな湯気と共に食欲をそそる香りが真澄の鼻腔をくすぐった。
「ん、美味そうな匂いだ。」
真澄はディナースプーンを手にして、適度な大きさのチキンをソースとともに口に運ぶ。
マヤが真剣な顔でそれを見ていた。
「・・・大丈夫?」
真澄の顔に柔らかな笑みが浮かんだ。
「ああ、美味い。寒い冬には最高だな。
ほら、君も自分の舌で確かめてごらん。」
そう言われて、マヤもようやく料理にてをつけた。
「ほんとだ、美味しい。」
シチューの温かさとワインの酔いも手伝って、二人の身体も心もホカホカしていた。
そしてそのシチューに隠されたマヤのプチサプライズは皿の底に隠されていたハート型の人参だった。
「参ったな、、、」
流石の真澄も照れ笑いだが、じわりと心ひ喜びが込み上げた。

食後は二人で一緒に片付けをして、リビングでデザートのクリスマスケーキを楽しむ。
嬉しそうにケーキを頬張るマヤを真澄はワインを飲みながら見つめている。
高級な料理やプレゼントなど無くても、こんなにも幸せなクリスマスが過ごせる事を改めて知った真澄だった。
マヤを失わずにすんで、本当に良かった。
この先自分の人生にマヤがいない事など考えられない。
何があろうともマヤだけは絶対に手放しはしない。
「速水さんはケーキ食べないの?」
「マヤのシチューが美味くてらおかわりしちゃったからな、お腹いっぱいだよ。」
真澄は笑って自分のお腹をポンポンと叩く。
「じゃあ、速水さんのも私が食べちゃお。」
再び黙々とケーキを食べ始めたマヤに真澄が言った。
「マヤ、クリームついてる。」
「え、どこ?」
マヤの問いに、真澄は言葉では無く行動で返す。
唇の端についたホイップを真澄は顔を近づけて、自分の舌先でスッと掠め取っていった。
その行為にマヤは目を見開いて、フリーズしてしまった。
「甘いな、、、でも俺のマヤはもっと甘いだろうな、、、」
真っ赤になったマヤの耳元で真澄が囁いた。
「後でゆっくり君を食べさせてくれ・・・」

知らぬ間に窓の外では白い結晶が舞い散っている。
どうやら今年の東京はホワイトクリスマスになりそうだ。
だが、この部屋は冷たい氷も一瞬で溶けてしまいそうな程の温もりで包まれている。
そしてベッドの上でひとつのシーツに包まっている恋人達の聖夜は長い。


マヤ、寒くない?

あったかいよ・・・速水さんがギュッとしてくれるから。

メリークリスマス、マヤ♡

メリークリスマス、速水さん♡

Fin