私の研究室には、最新の燃焼解析データを表示するモニターや、水素エンジンの開発に使うさまざまな試験機器があります。日々、新しい技術と向き合う環境です。しかし、そんな研究室の机の上には、いつも一つの小さなエンジン部品が置かれています。

それはホンダ・スーパーカブのエンジン部品です。

若い技術者の中には、「なぜ何十年も前のエンジンの部品を大切にしているのですか」と不思議に思う人もいます。確かに現代のエンジンは電子制御や高性能センサーによって細かく管理され、性能も環境性能も大きく進歩しました。数値だけを比較すれば、スーパーカブのエンジンは決して最先端とは言えません。

 

それでも私は、この小さな部品を見るたびに、ものづくりの本質を思い出します。

技術者というと、つい「より速く」「より強く」「より高性能に」という方向ばかりを考えがちです。しかし実際には、それ以上に難しい課題があります。それは「誰が使っても壊れにくく、長く使い続けられるものを作ること」です。

 

複雑な機能を追加することは比較的分かりやすい挑戦です。しかし、本当に必要な機能だけを残し、余計なものを削ぎ落としながら高い信頼性を実現することは簡単ではありません。むしろ、シンプルな製品ほど設計者の力量が問われます。

 

スーパーカブは、その代表例だと思っています。

 

世界中のさまざまな環境で使われながら、多くの人々の生活を支えてきました。街の配達員、農家の方々、遠い国の生活者たち。彼らにとってスーパーカブは趣味の乗り物ではなく、暮らしを支える大切な道具でした。

 

だからこそ、開発者たちは最高速度や最高出力だけではなく、「毎日安心して使えること」を最優先に考えたのです。