ご訪問、ありがとうございます![]()
![]()
私は、現在52歳、48歳で頸椎腫瘍がみつかりました。
その腫瘍が何かの弾みで潰れてしまえば、「即死」と言われ、「余命〇ヶ月」どころか「今死ぬかも」宣告をその時受けました。
腫瘍をとり、頚椎を支える金具を固定する手術を受け、ひとまず、即死状態からは脱出。
こう書くと簡単な手術のようですが、手術中に大量出血による死の可能性や頚椎なので神経を傷つけて寝たきりやしびれが残る可能性もある2回にわけたとても難しい手術でした。
実際、私は手術前に自分が死んだ場合の納骨場所を決め、私の遺品整理を弟に一任するための公正証書も作成しました。
頚椎の癌だけではなく、全身の骨に癌は広がっていて、私の病名は多発性骨髄腫という血液の癌がそもそもの始まりだということが手術から約ひと月後に確定しました。
この病気はまだ、完治することはなく、最終目標は完全寛解状態。ただ、いつ再発するかは分からない血液の癌です。
通常は、ずっと抗がん剤治療をうけていくのですが、私は約1年の治療のあとは、自分の希望で、無治療で経過観察のみの定期検診を受けています。これは、検査データがずっと変わらないので許されていることであり、数値に変化があれば抗がん剤治療を開始しなければいけません。
現在は、首は金具が入っているので、首の動きには人に違和感を与えてしまいますが、それ以外は昔の元気な頃と変わらない生活ができています。
私の手術を担当してくださった先生が、手術から2年くらい経って、元気にしている私に、「今、生きているのが不思議だよね」、としみじみとした口調でおっしゃいました。
検査結果や治療に関すること以外のことを自分から喋られる先生ではない先生さえも言葉にはせずにはいられないくらい、私がこうやって生きているのは本当に奇跡的なことなのです。
この奇跡は、発病からのここ数年間だけの話ではなく、実は20年以上に及ぶ、普通では経験できない貴重な体験の延長線上に起きたことです。
私は、人間として、母親として最低な生き方しかしてこなかった性悪人間です。
そんな人間なので、周りの人達を傷つけながら数々の失敗をしてきました。
たくさんのどうしようもない失敗談には実はこんな原因があったのだと知らしめらされる色々な真実がありました。
そのことは、もしかしたら誰かの失敗をくいとめることができるかもしれないという思いでこのブログを書いてみたいと思います。
おつき合い、ありがとうございました。
