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「自分を変える」と決意して始めたこのブログ
最初の頃では考えてもいなかった、
親と子、先祖と子孫のためにも「変わる
」という思いも加わり、
何だか熱いものにどんどん変わってきました![]()
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この熱いもの、「情熱」に関係するものの見方・考え方について、塩沼亮潤住職からヒントを頂きたいと思います。(赤字は抜粋部分)
https://www.youtube.com/watch?v=Z19EUIU8gzc
1300年の歴史を持つ吉野・金峯山寺開創以来、2人目となる大峯千日回峰行満行を果たした塩沼亮潤大阿闍梨。1日48キロの山道を千日間に亘って歩き続ける過酷な行の中で、何を自問し、対峙してきたのか。断食・断水・不眠・不臥を9日間続ける四無行満行を経て見えた世界とは何か。挫折と挑戦を繰り返すすべての人たちに贈る言葉
すごいことを成し遂げられた、経験をされた塩沼住職様のものの見方、考えからヒントを頂きたいと思います。
まずは、どういった修行だったのでしょうか?
1日48キロの山道を毎年5月3日から9月3日まで、1年の内約4ヶ月間を業の期間と定めます。朝、起床しますのが深夜11時30分。滝行して身を清めて、山に行く装束を整えて、そして目指す山頂1719メートルの山まで行って、またその日の内に帰ってくると夕方の3時半になっております。
来る日も来る日も48キロ、しかも山道を上って。
山道ってきいて、山頂まで小道が続いている山道しか想像できない私でしたが、
実際には絶壁に近い崖を登られたり、山道ではマムシやイノシシ、熊が出てきたりと毎日が死との背中合わせの修行なのだとユーチューブをみて知りました。
山を歩いた修行の初日を思い出してみますと、はじめは右の足と左の足をただただ真剣に前に前にと、そして、一切の妥協を許さずに、自分はこの業をやり抜くという強い情熱を持っていました。辛い、苦しい、悲しい、そういう気持ちがふつふつと湧いてくるのも人間ですからあります。けれども肉体的、精神的にそういう思いを受けたとしても、前に進む情熱というものが常に初心にあったことだと思います。
塩沼住職は情熱というものが常に初心にあった、とおっしゃっています。
この情熱ってどこから来るのでしょう。
そのあたりは次回に探っていきたいと思います。
最後までお付き合いくださりありがとうございました![]()

