久しぶりの仕事は楽しくてやりがいもあって体力の落ちている私にも融通が効いて生きている!って感じれる毎日を送っていた。

中々ハードだけど自分を必要としてくれる社会がある事に今までの苦労は無駄ではなかったと感謝しながら家事もこなして頑張っていたが娘達の非協力的な態度にイライラが溜まっていた。

元々家の事をするのが好きな私はかなり完璧過ぎるほど完璧にしてしまうので娘達は手出しが出来なかったのかも知れないと今になって思う…

言えばやるけど言わなければなにもやらない…
いくら私が動くとは言えやはり大人になっているならばそれなりやってもらわないと私も仕事に行きだして慣れるまでも大変だったし…

そんな日々が2ヶ月ほど経ってイライラも慢性化していた。

足裏がズキズキしだした。
すぐ治まると思ってたが…
立ち仕事、歩く、体がまだ慣れてない。
長いことほぼ寝たきりだったので仕方ないな…と気にもせずににいた。
1週間、2週間と過ぎても痛みが引かずネットで調べたら足底筋膜炎とあり市内の専門医に診てもらったが足底筋膜炎ではなかった。
やはり仕事で弱っていた足が悲鳴をあげたのか?と思いスイミングに通った。
(ちょっと前までなら信じられない程の回復)
スイミングでは水中ウォーキングを中心にしていたが歩くと足が強ばったような棒のような感覚になり上手く動かせない…
筋肉の衰えかもと頑張って鍛えれば直ぐに気にならなくなると思って通った。

しかし1ヶ月経っても足の違和感と足裏の痛み、くるぶしと痛みだし歩くのが辛い時も出てきた。
仕事は立ち仕事で動き回るがその時は何とか我慢していた。
時々鎮痛剤を飲んで誤魔化したりマッサージに行ったり鍼や漢方など試して見たが全く治まらなかった。

余りにも酷い時は寝ていても痛みで目覚める程でTwitterで調べてみたら同じような症状の方と繋がりもしかしたらこの病気かもしれないと病院を紹介してもらい直ぐに予約を入れた。
半年待ち…

その間、靴と靴下の間にスポンジを入れたり湿布をしだり温めたり冷やしたりできる限りの事をして凌いだ…


夏になり私も少しは余裕のある経済力となりささやかだか娘達と映画に出て楽しんだ。
私は映画が楽しかったので映画館を出てから娘達とストーリについて話したり食事に行くまでの余韻を楽しみたかった…
しかしせっかく行った映画について全く話題にせず仕事の話しや関係ない話ばかりで私は呆れてしまっていた…
私が映画について話し出しても娘達の話に戻されてしまい私は悲しくなり口がきけなくなって行った…

大袈裟かも知れないが長患いからやっと抜け出せ仕事を始めそして体の痛みに耐えながらの日常を少しでも癒せればと思い僅かであるが映画代も私が出していたので娘達の無関心な対応に腹がたったのだ。

その後私は無言で駅に向かい帰った…

娘達は何も聞かずただ黙って着いてきていた。
私ならそんな人がいればどうしたの?
何か悪いことした?と聞く…

しばらく気分が優れない日が続いたある日、次女が彼氏の家に泊まりに行くとなった。
普段なら何も言わないのだが次女の勝手横着な行動を前から注意していた上にワガママばかりで長女も閉口していた…
私は家の事を前から手伝って欲しいと伝えていたのに出かけて行った事に怒って何度も連絡を取ったが全く応答なく仕方なしに彼氏に連絡をして私が怒ってる事を伝えてもらった…

後々考えると私もかなり、やり過ぎてしまったと反省した…
しかし次女はその日から2ヶ月口を聞いてくれなくなっていた。

私は毎日の痛みに耐え家事をするのも辛く足はびっこ引きながらこなしていても娘達の非協力的な態度にイライラもMAXになっていたので次女の行動が許せなかった。

人間、痛みを我慢していると普通の事を普通に解釈出来なくなるのだと学んだ。

私は痛みに耐えるより娘達との距離感や考え方の違いに悩んだ。
いくら自分が育てだとはいえ大人になっていく娘達に口やかましく言うのはもうやめて自分の人生を考えた方が良いのだと思うようにした。
しかし、長年お母さんとして生きてきて急には早々に変える事は出来ない。

娘達もそれなりに社会に出て沢山の事を知り学び葛藤して成長しているのだから私が変わらないと行けない…
色々焦りも出ていた…



そうしてやっと診察日。
大阪まで1人で行った。
大阪でも賑わいのある街に一際目立ったタワービルがある。
昔来た事がある街だが当時とは全く別の街に変化していた。
私は診察時間まで時間があったので屋上展望台へと行き景色を楽しんだ。

日常では見ることのない景色に自分と言う者に向き合って見た。

遠くに見える六甲山、大阪湾、奈良方面の山、生駒山四方を見渡しながら人生を振り返って見た。

下を見るとアリのように小さく見える人々…

自分が小さく狭い世界で生きてきた事にハッと気づいた…

自分は1人で生きてたと勘違いをしていた。
色んな人に支えられながら来たのだと…
そして病気になりながらも駆け抜けれたと…

このビルの展望台から見渡す景色には色んな想いの人々が交差している。
自分はなんて小さな事に拘ってたのか…
考えさせられた…

もし、この痛みが無かったらそれに気づく事は無かったのだろうと…

診察時間になり先生に経緯を話し診察をしてもらった。
何件か病院に行ったが検査しても何も反応もなく途方に暮れていたのだがこの先生はレントゲンや血液検査なんて全くしなく全て触診だけで診ていた。


そして脊椎関節炎と診断された。


事前に調べておりこの病院を紹介してくれた方も脊椎関節炎を患っていたのでその通りだった。


関節炎とあっても関節が痛いのではない。


普通の人なら何の反応もない事でも自分の免疫がちょっとした事でも異常反応をしてしまう。
それが全身に痛みとして出てしまう。

よく聞く線維筋痛症ではない。

とにかくそれに効果のある痛み止めと専用の薬を処方してもらいしばらくは2週間毎に通院した。

中々効果が得られず2ヶ月後には注射も試して見た。
それからは体の痛みが半分程に減り気持ちも軽くなった。

それでも時々足が痛む。
腰も痛い。
腕が動かしずらい。
体がだるい。
疲れやすい。

慢性疲労症候群も合併していた。

数種類の薬を一日2回服用し注射は自己注射。

最初は怖々だった注射も今ではすっかり慣れたものだ。


痛みとは長い付き合いになるが軽減された事によって前向きに出来るようになっていった…