足の血流が悪く、足の指が壊死してしまいました。
敗血症の心配もあるので、ドクターは切断の提案もしてきます。
が、積極的ではないのです。
高齢なこと、手術に耐えられるかどうか、予後のケアの大変さ‥完治とはいかないかもしれないと、曖昧な発言が多いです。
私と夫は、足を温存し、患部の消毒や処置と抗生剤で様子を見る、という、もう一つの治療を選択しました。
採血後の処置‥が毎週になってしまったのですが、なんとか2人で付き添います。
壊死している部分の処置、時間にして、数分なのですが、耐え難い痛みのようです。
大人3人で、その時間をやりすごせるよう、支えます。
麻酔なし、見ていて辛いものがあります。
診察室に入る前は、なんの目的で病院に来たのかわからない様子(認知症のせい?)なのですが、診察室に入り、足台を見ると、前回の苦痛を思い出すようです。
処置が終わり、お会計のころは、もう、苦痛のことは忘れたかのように切り替えて、ジュースを美味しそうに飲みます。
認知症が進んでいるものと思っていますが、こういう忘れっぽさには逆に救われる思いです。
ところが、施設に戻ると、車から降りず、籠城?することが多くなりました。
「家に帰るの」
「ラーメン食べに行くの」
「〇〇買いに行くの」
さまざまな訴えがあります。
夫、職員さん2人でも頑固に降りません。
今回は私が車からおろす役割を得て、なだめ、ほめて、うまく気を反らして、私ひとりで玄関に入室させることに成功しました。
否定的なことより、義母のことばをそのままオウム返しで答え、よりそった方が、その気になりやすいようです。
「どこに行くの!」
「行かないよ」
「降りなきゃだめだよ」
という否定的な言葉は禁句なようです。
1つ勉強になりました。
‥もともと、実家の断捨離に苦労する話から始まったのですが、家は住人不在のまま、現存したままです。
肌身離さず持ち歩くショルダーバッグは、何が入っているのか、いろいろなものが詰め込まれています。あえて中を見ませんが、これまでの収集癖のいくつかが入っているようです。大事そうに持ち歩くので、あえて見て見ぬ振りをするようにしています。
また、来週も病院です。