誰のか言わなかった葬儀で
先週のデートは当日キャンセルになったので
明日は2週間ぶりに彼に会う。



私の家に来る事になっていたのだが
我が子の引っ越しでとりあえず新生活に不要な物を家に運び込んだまま。
大量にある本は、帰省した時に売る物と残す物に分けたいという本人の希望により廊下に山積みのまま片付けが終わっていなかった。
彼が来るなら片付けなくちゃ…と思いつつ



「ウチに来る?」と聞くと
「どこでも良いよ」と言う。



「じゃあ、中間地点でデートしたい。
本が重くて一気に片付けられないの」
とお願いすると


「俺は片付けてなくても気にしないけど…。
良いの?来週はこっちに来てもらうのに今回も半分来てもらって大丈夫?」と言った。



彼の街でイベントがある時や
仕事の都合などで私が出向く事もあるけれど
デートの8割は彼が移動を負担している。


半分来てもらって大丈夫?
という反応は
俺は助かるけど、という事だ。



そういう私も
電車やバスを利用する時は良いけれど
往復4時間以上運転するのはかなり辛いと思うようになってきている。
行きは良いのだが帰りが厳しい。




超遠距離だった頃
彼は多忙を極め
なかなか会えず
お互い、会える方法をいつも探っていた。



「私がそっちに行ったら1時間だけ仕事抜けて一緒にご飯食べられる?」


と聞いた事がある。


往復12時間もかけて1時間彼の顔が見たいと本気で思って聞いた若かりし頃の私、大好きが爆発していた。



「それはめっちゃ嬉しいけど、来れるなら泊まって行きなよ」



その頃、子どもがまだ小学生だったので
急に泊まりというわけにもいかず
日帰りの突撃は結局一度もしなかった。




移動時間より滞在時間が短くても会いたいなんて、なんて情熱的だったのだろう。
そして、ちょっと怖い。笑



同じ街に住んでいたなら
タイミングが合えばすぐに会えて帰りの時間を気にする事も無い。


でも、時間と距離に阻まれる感じがこの関係にわりとプラスに働いているような気もする。



今の私達に、無理して会おうという情熱と気力は無いけれど
それはほどよい感じでコンスタントに会えているからで
もしも、3ヶ月会えないなんて事になれば
車を飛ばそうという気力もまた湧き上がるのかも知れない。



明日は2週間ぶりのデートだから
中間地点まで、片道1時間の運転なら頑張れそうだ。