No.0354
(酬恩庵一休寺)

今日のテーマは

『言葉感想文』


言葉が伝えようとしている本当の意味を、あくまで私個人の感想として伝えたいと思いました。f^^*)

 

日本語の単語の中には、その由来を知ると幸せな気分になる言葉があります。(^ ^)

皆さんも一語一語と向き合ってみて下さい。

きっと温かいものが胸に沸き上がります。

(*˙︶˙*)☆*°


今日からブログを始めて、五年目のスタートです。これからもどうぞよろしくお願いします。


今日のことばは


『魂』


古来より多くの神話、宗教、哲学、芸術などが担ってきた重要な役割の一つは、これら人の生死を含む世界観、生きること、生かされていること、死ぬことの意味の説明でしょうね。


宗教家らは、人々の抱えるこうした重い問いに対して説明を提供するという重要な役割を果たしてきました。 


 現代においては、魂を肯定的にとらえることが生きがいや健康といったものと深く関係があることが、様々な学者の研究によって明らかにされているようです。


さて日本人の場合はどうでしょうか。


私がよく訪れるお寺さんの境内には、立派な仏像や供養塔とともに、無き愛馬のために立てた馬頭観音塔、牛や豚の成仏を願う獣魂碑、裁縫や書道の相棒だった針や筆を供養する碑などが並んでいます。

その前に立つと、愛情を感じる全ての対象に魂を見いだし、大切にしていた先人たちの心の豊かさに圧倒されます。


日本人には非常に長い年月をかけて築き上げてきた文化的な「価値観」があります。


「魂」は「宿る」という考え方です。


「モノ」は外国では簡単に捨ててもいいモノですが、日本人にとっては単なるモノではなく、精神が宿っている「モノ」なのです。


料理家であれば包丁や調理道具、美容師はハサミや櫛など、一流ほど「物」を大事に扱うのは、そうしたことを感じ取っているからではないでしょうか。


また、ある知人はいつも自分の家に向かって、「守ってくれてありがとう」と言葉をかけているそうですが、築年数の古い家ですが未だに雨漏りや傾きなどの不具合が出ないと話していました。 


 確かに、手入れされている家は良いエネルギーを感じますし、逆に誰も住まなくなった家はなんとなく怖くて、荒んだエネルギーを感じたりします。


その根本にあるのは、モノにも魂が宿っている、という考え方じゃないでしょうか。


自分もこの文化を受け継ぎたいと……。

そのひとつとして「言葉にも魂が宿る」と思っていたいです。

そういえば「言霊」という言葉も有りますね。



どれほど深く愛した相手やものとも別れる日は来ます。


でも、思い起こせば、それまで最も深くかんじてきたのは、目には見えない互いの「心」が触れ合う喜びであり、その時点ですでに神秘的な交わりだと思います。


姿が失われても、その「心」が消えた証拠はないのだから、魂の存在を思うのは、至って自然なことだと思います。


もちろん、「〇〇の魂のせいであなたの家は不幸になる」といった怪しい言説に惑わされない知性を持つことは大事です。


でも、それさえ心に留め置けば、魂への思いは、ほぼすべての人の人生に、大きな安らぎと希望をもたらすように思います。



文文雅雅


今回の感想文はうまくまとまりましたかね?(=^^=)?



どうぞ皆さんご意見お願いします。(^_^)

(☆写真は一部お借りしてます)
ではまた次のブログでお会いします。