心は何処にあるか?
そう問われると、
頭を指す人、
心臓の辺りに手を置く人、
だいだいこの2通りに、分かれると思われます。
いずれにしても、主役は私。
私に主導権がある、と
私に決定権がある、と
悲しんだり、怒ったり、
喜んだり、笑ったり
全ては 私 がしている。
以前ご紹介した前野先生の真骨頂、
受動意識仮説で、
心について考察されています。
ー脳はなせ「心」を作ったのか
「私」の謎を解く受動意識仮説ー
脳の無意識のニューラルネットワーク
(神経回路網)の情報処理を、小びとに
喩えているんです。
簡単にではありますが、お話していきたいと
思います。
小びとたちは多数決で連携をとっている。
情報が入ると、小びとたちは連想ゲームの
ように次々声を上げて行く。
声の大きい小びとが報われるそうで、
また、よく声を上げる。
例えば、『赤いリンゴ』(情報)を見たとします。
『赤い』を識別する小びとが声を上げる。
次に『丸い』を識別する小びとが声を上げる。
と、言った具合いに
細かい要素に細かく分けて、
別々に処理されたあとで、
統合され、
その細かい処理は、
私たちの意識には
上がってこない。
『赤いリンゴ』とだけ、私たちは認識するのだと
言います。
更には、「食べたい」と意思を作る小びとが声を
上げれば「食べたい」と思うし、
リンゴの美味しさを「幸せ」という
感情を作る小びともいるわけです。
その「意思」や「感情」は、
その都度作られます。
『リンゴ』と言う認識も、
その都度作られます。
私たちは、小びとたちの連想ゲームの結果を
受け取っているだけ、なのです。
わかりやすい例で言えば、
ヒラメキ

でしょう。
突然やって来ます
説明、出来なくないですか

いつも 損してる
どうせ ダメに決まってる
頑張ってるのに、報われない
感情は、その都度作られます。
ニューラルネットワークは、
よく使われるモノほど、
よく発火する。
小びとたちも、声が大きいほど
よく報われるし、よく声を出す。
つまりは、慣れているんですね

その考え方に。。。
嬉しい時や楽しい時、
ワクワクする時なんかは
理屈抜きで、その感情を満喫すれば
いい
いつものネガティブな感情が湧いて来たら、
「いつもの小びとたちかー」
そう言ってみて下さい。
その小びとたちは、
声を上げやすくなってるだけなのを、
思い出して下さい
まだ、報われない小びとたちが
たっくさーん、いることを知って下さい

それを可能性と
言うんだと思うんです