先日シニアの皆さんとの会話の中で、お墓だとか法事だとか戒名だとかの話題になり、少しだけその手のことに首を突っ込んでいるものだから、仏教をみじかに感じられることって例えば音楽の詩ですよ、ってお話ししたら、なるほど!ということで盛り上がったのでご紹介します。
題材は荒井由実の「やさしさに包まれたなら」。
ジブリ映画の魔女の宅急便の主題歌でもありますが、この歌詞はとても仏教的な解釈ができることで面白く。
もちろん、当の本人がそんなつもりで曲を作ったとは思えませんが。
しかも40年も前の彼女20才の時の曲。ユーミンおそるべし!
小さい頃は神さまがいて
不思議に夢をかなえてくれた
小さい頃は神さまがいて
毎日愛を届けてくれた
子供には自我のこだわりは薄い。
大人のように、頑なに周囲に自我を主張したり振り回さないといけないことはないのだから。
言うならば起きることはすべて神様のはたらきとして、それを奇跡として感じ取れたのです。
夢は何であれ、実は自分のチカラで叶えられるかもしれないけれど、それを神様の贈り物(はたらき)として、受け止める柔らかさがあったのです。
自我のない純粋さの成せるワザというか。
自我のある大人はきっと我がものとするのでしょうが、子供は神様(阿弥陀仏)の恵みと感じるということ。
さて、どちらが幸せなんでしょう?
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ
※「弥陀仏は自然のようを知らせん料なり」(親鸞 和讃の後記)
目に映るすべての事物・自然はすべて弥陀仏からのメッセージ、
大いなる慈悲の存在が、我々を常に見守っていてくれる=やさしさに包まれる ということになります。
と、まあこんな感じで。65才前後の方にはとても面白く感じられたようです。
人間、老いや病気に逆らえなくなると、少し仏教的なものに触れたくなるのかもしれませんね。
ということで、本日の一曲は
荒井由実 やさしさに包まれたなら
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wrote by ランシン











