こんにちは。
母の短歌にようこそ。
今日は終戦の日。
第二次世界大戦の時、母は師範学校の生徒でした。
その時代を生きた母は折に触れ、戦争という悲劇、そして戦争が生み出す想像を絶する人々の苦しみと悲しみを娘の私にも語って聞かせました。
「師範学校の学生も勉強どころじゃなかった。10代の女子学生が軍需工場で武器を作るために働いたのよ。
交代制でね、夜の番の時は真夜中に起きて寮の食堂で冷えた小さなふかしいも一つだけ食べて、工場へ行って働いたの。」
「学校のあった千葉市が空襲にあった時、空襲警報のサイレンが鳴ってね、生徒も先生も必死に走って防空壕まで行って身を守ったの。でもね、私の後に続いて防空壕に入ろうとした友達が間に合わなくて・・・。爆発物の破片が飛んできて大怪我して・・・。亡くなったの・・・。」
又、多くの若き女子学生が亡くなった、ひめゆり部隊の話、そして特攻隊の事・・・。普段は口数の少ない母でしたが、戦争の話をする時は、時間を忘れて話し続けました。声を詰まらせ、目を赤く腫らしながら・・・。
今日はお盆でもあり、今回は母にとって、新盆です。母の魂が「戦争の歌を載せてちょうだい。」と囁いているような思いがしました。そして、
「戦争は、絶対、二度とあってはならない。」と。
わが友の
手傷を止血
せし記憶
ひめゆりの塔の
映画に涙す
四十年前の
戦時の記憶
新たにて
ひめゆりの塔の
映画に息のむ
爆風に
聴力なくせし
ひめゆりの
教師茫然と
立ちつくしゐる
*ひめゆりの塔の映画をテレビで見た後に作った歌です。
(1984~1988)
お読み頂き有難うございました。