昨日は絶不調で…
もう朝から
ほんとうにつらかったのですが
今朝は
まるでそれらが嘘のように
好調です…
この体調がわからないのが
ほんとに
やっかいなわけですが…
洋一さんの
18回忌…
もう
一日いっぱい…不調だったので
虫の息でした。。。
そして
今朝は
久しぶりに庭に出てみたら
源氏スミレ
姫しゃが。
庭の整理は、まったく出来ていないのに
ちゃんと咲いてくれて…感謝です…
お花
大好きですもん。。
今日みたいな体調が
続くと嬉しいな〜
昨日は
コメントのお返しも出来ず
ゴメンなさい。
今朝も
喜んで庭を走りまわっていました^ ^
祝福を感じられる一日と
なりますよう♡
毒箭(どくせん=毒矢)のたとえ
仏教説話のたとえ話です。
マールンクヤプトラという弟子が釈尊に対して、
「世界は未来永劫に存在するのでしょうか」
「世界には果てがあるのでしょうか」「如来は死後も存在するのでしょうか」などの疑問をなげかけました。
そして、これらの問いに答えてくれないならば、自分は還俗しますといいました。
これに対して、釈尊は次のようにお答えになります。
「あなたの疑問に対する答えを求めるのであれば、あなたはその答えを得る前に命が尽きてしまうでしょう。たとえば、ある人が毒矢で射られたので、みんなが心配して急いで医者を呼んできて、医者がまず矢を抜こうとしたら、その男が叫んだ。
『この矢はどういう人が射たのか、どんな氏名の人か、背の高い人か低い人か、町の人か村の人か、これらのことがわかるまではこの矢を抜いてはならない。私はまずそれを知りたい』というのならば、その男の命はなくなってしまうでしょう。
あなたの問いはそれと同じなのです。
もし世界は永遠に存在するとかしないとか答えることができる人がいたとしても、その人にも生老病死の苦しみがあり、
さまざまな憂いや悩みがあるのです。
あなたの問いは、人間の本当の苦しみや悩みとは関係のないことです。
わたしは説くべきことのみを説きます」
今日は生きるべき今日を生き、
生きるべき道を生き、
生きるべきときを生きなさいということでしょうか。
心はあちこちに飛んでいきます。
あれがいい、これがいい。もっといい人生がいい・・・。
けれども、そうなったとき
それらに
果たして人は
満足して生ききれるものでしょうか…
以上転載。
農家の方々をみていると
淡々とその日の自然との中で
折り合い
たがやし
種を植え…スクスクと育ってくれるよう
手を貸して…
それでも
人がつくるのではなく
太陽と雨と土が
それらを育ててくれるのです…
真面目に育てていても無情な嵐や
台風で
やられてしまうときもあるというのに
また
淡々と作業にいつくしむ。
肉体も人がつくったものでは
ありません…
すべて
借り物なのだなぁと思います…
けれど
人が土に植えた
そこに
命が吹き込まれ
そこに魂が宿る
人も
その流転の繰り返しの中の
大きな流れの
一部なのですよね…
それなら
今を
たのしくありましょう…
惜しみなく
人のお役に立てるのならば
与えましょう…
今朝は
そんなことを感じました…
by
D♥️erufymama・・









