グラチャンのあと
精神的にダメージが強くて
立ち直れよ~って気合い入れてたら
親戚のおばあちゃんが
もう何日も生きられないかも
と連絡が入り
なんとか生きてるうちに会いたいと
スケジュールを都合してお見舞いに行ってきた。
このおばあちゃんは
ココナッツの母方の祖母の妹さん。
ココナッツの祖母すなわちおばあちゃんは、母が四才の時胃潰瘍でなくなったそうだ。
当時戦争が終わる寸前だったが
診てくれる病院はなく
痛がって亡くなったそうだ。
そんな祖母の代わりに暫く
お手伝いしてくれたおばさん(当時はおねえさん)である。
母は、その後いぢわるな継母に育てられたと、よく
話をしたもんだったが、
母が結婚して住んだところは
このおばさんの近くだった。
だからココナッツも、本当のおばあちゃんは知らないし、まあ、継母と言って嫌っている、おばあちゃんも疎遠になっていて、おばあちゃんという存在を知らないで育ってきたけど
このおばさんが、おばあちゃん代わりになってくれて、よく
色んな事を教えてくれました。
また、ココナッツの子どもたちが赤ちゃんの頃よく遊んでくれました。
おばさんは
子どもに恵まれなくて
里親の道を選びましたが
その子も立派に育て上げ
東京の大学にもいかせたそうです。
その子はそのまま東京で就職し結婚しましたが、また子宝に恵まれなくて
孫と遊ぶと云うことがなかったので後に、その子どもさんに
ありがとうと言われたこともありました。
おばさんには、色んな話を聞きました。
おしん
みたいに奉公先で苦労したこと。
若くして、幼い子ども達をおいて亡くなった、おばあちゃんがどんな人だったのか。
子どもが産まれたらどんな行事をするのか?
母も知らない事を沢山話してくれました。
そんな おばさんが
認知症の症状がでてきて
独り暮らしは厳しくなって施設に入ったのは3年前でした。
そこからは、母の病気も良くなったり、悪くなったりで入退院を繰り返したりしてたので、おばさんとも会えない日が続きご無沙汰してました。
1度、脱水を起こした母と肺炎を起したおばさんが、一緒の時期同じ病院に入院してた事があったね。
そんな思い出を胸におばさんに会いに行きました。
もう 呼び掛けには反応しないよと
聞いていましたが
おばさん ココナッツきたよ
随分ご無沙汰したね
ご飯食べれないんだって?
少しは食べて元気だしてよ。
わかる?ココナッツだよ!!
ココナッツがきたよ!
と 声かけをすると
イビキをかいて 寝ていたのに目をあけて
こちらを見てくれました。
ほほえみこそなかったけど
私の方を見てくれて嬉しかった。
そして、重湯を三口ほど頑張ってゴクンと飲み込んでくれました。
職員さんも、驚いていました。
母も車椅子で会いに行きましたが
声かけに反応してくれて
しっかり見てくれました。
話によると、次の日には
もうずっと呼び掛けには反応せず
眠るように、その晩亡くなったそうです。
母もそうとうショックみたいです。
でも、悲しいけど
残念だけど、おばさん、ありがとう。
おばあちゃんって
どんなものだろうって思っていたけど
おばあちゃんの代わりになってくれて
嬉しかったよ。
いろいろアドバイスしてくれて
ありがとうございました。
もっと もっと後半 会いにいけば良かった。ごめんね。
天国でおじさんと久しぶりに晩酌してるのかな。