訃報:林昌二さん83歳=パレスサイドビル設計
オフィスビル建築の第一人者で、毎日新聞東京本社があるパレスサイドビルなどを設計した建築家の林昌二(はやし・しょうじ)さんが11月30日、東京都内で死去した。83歳。
東京工大卒。1953年、大手設計会社の日建設計に入社。設計を手掛け、66年に完成したパレスサイドビル(東京都千代田区)は、両端にそびえる 2本の円柱(エレベーター棟)と、横200メートルのガラス張り壁面に縦横に走る雨樋(あまどい)やひさしが特徴。機能的でありながら快適な空間を実現さ せて、モダニズム建築の名作とされている。
71年にはポーラ五反田ビルで日本建築学会作品賞を受賞。その後も、中野サンプラザ(73年)、新宿NSビル(82年)などの大型建築を次々と設計。限られた予算や時間内で資材などを工夫し、豊かな空間を作り上げる手法は「貧困の美学」と呼ばれた。
80年に日建設計副社長に就任し、のち名誉顧問。日本建築家協会会長などを歴任した。妻は建築家の故・林雅子さん。
毎日新聞 2011年12月2日 2時30分(最終更新 12月2日 9時20分)
• 日本建築家協会(JIA)名誉会員(1990年5月~92年5月、前身の新日本建築家協会第3代会長)
• 米国建築家協会(AIA)名誉会員
• 日本建築学会(AIJ)名誉会員
略歴
• 1928年9月23日生まれ:東京市小石川区
• 1953年3月:東京工業大学建築学科卒
• 1953年4月:日建設計工務(現・日建設計)入社
• 1973年2月:取締役東京事務所副所長兼計画部長
• 1977年3月:常務取締役東京本社代表
• 1978年3月:専務取締役
• 1980年3月:取締役副社長東京本社代表
• 1993年3月:取締役副会長都市・建築研究所所長
• 1995年3月:取締役最高顧問都市・建築研究所所長
• 1997年3月:最高顧問
• 1999年4月:名誉顧問
• 2004年4月:顧問
• 2011年3月:退任
• 2011年11月30日死去(83歳)
主な作品
• 三愛ドリームセンター(1963年)
• パレスサイドビル(1964年)
• 信濃美術館(1964年)
• 茨城県議会議事堂(1969年)
• ポーラ五反田ビル(1971年、日本建築学会賞受賞)
• 日本IBM本社ビル(1971年)
• 中野サンプラザ(1973年)
• 日本プレスセンタービル(1976年)
• 新宿NSビル(1982年)
• トヨタ博物館(1989年)
• 日本電気本社ビル(1990年)
• 掛川市庁舎(1996年)
• 文京シビックセンター(2000年)
• ポーラ美術館(2002年)
日建設計名誉顧問・林昌二氏が2011年11月30日に亡くなった。ご冥福をお祈りします。
意識しているかどうかを別にして、確実に影響を得た人であり見てきた作品と仕事ぶりは、今ある自分に必要な人であった。
旧掛川市庁舎はすでに取り壊しになって現存していない。1996年の掛川市庁舎は新築されたもの。
日本IBM本社ビルは2009年に本社機能を移転して、2013年に取り壊しが始まり、今現在取り壊しの準備中である。
2002年2月に「パレスサイドビル」を撮ったものが手元にある。
デジカメを始めたばかりのことであり、またメモリが高価であった頃で多くのとも言えないが、また、お試し的であり徹底的の建物を写真に残すと云うには限定的な面が目立つけど概要版としては紹介できるのでJUGEMの「けんちく が いっぱい」で暫定としてUPすることにする。
以下、2002年2月の撮影の一部である。
観直してみると、精緻なデティールが見えてきて、また、工芸的な納まりがあり、今、見直しの価値があるものとして見れた。
新建築1966-12月号から転載した・・・・→
環境から骨格が内容から装備が
都市化する大規模建築物に対応する段階設計法
林 昌二(日建設計工務)
1.はじめに
アントニン・レーモンド氏による旧リーダーズ・ダイジェスト社屋は,私たちの年代のものにとっては当時を代表する傑作として多くのことを教えられた忘れられない作品でした。
その後約20年間の都市環境の変化、特に高速道路の建設によって、この建築の環境条件はまったく一変するに至りました。このような急激な変化が、都市の成長に伴なう必然のものであるとするならば、建築にとって環境条件が一体のものである以上、再開発への要請によって私たちが名建築を失なうことになるのもやむをえないと考えるべきなのかもしれません。このような環境変化をもたらす都市建設へのエネルギー投入が、今後さらに加速度を加えてゆくものとすれば、今あらたに出現したパレスサイド・ビルもまた、それほど遠くない将来に大改造のときを迎えるかもしれません。私たちは計画に当たって、このような大規模建築物の内容を、そのライフの長さに従って段階的に区分し、設計および工事をこの区分に従って明確に段階づけることによって、建築物に将来の環境変化に応ずる可変性を与える方法を用意しようとしました。私たちが段階設計法とよんでいるものがそれです。
さて、建築の大規模化は従来の建築設計では見られなかった、多くの問題を生み出します。それは、一般の建築概念をこえて建築と都市との中間的構成物へと変貌しつつある、巨大建造物の直面する新たな領域での問題であるといえるでしょう。
最初の企画段階の中心になる問題は、その環境条件から、建築の骨格を引き出すことに要約されると私たちは考えています。
この仕事は、建築設計者の仕事であると同時に企画者側の仕事でもあります。大規模の総合計画をスタートさせておきながら、結果的には外観を共通にし、境界の壁を共有するにとどまってしまう共同建築物の多くの実例は、環境に適応した建築の骨格の全貌を見失なわせてしまっていることを示しています。総合的な合理性を優先させることのできる企画者の手によるのでなければ、大規模建築にふさわしい建築の骨格は画かれることができません。
パレスサイド・ビルでは、土地・建築の所有区分にはじまり、ビル内部に複雑な新聞社施設を含む問題、さらには外国会社との共同事業という難問題をも含めて、多くの困難な問題があったと想像されるのですがこれらの企画段階の問題が巨視的な判断によって解決されてきたことは、私たちにとってはもちろん、このピルの設計にとって幸せなことだったといえます。
2.骨格は環境から決まる
私たちが大規模建築の設計のために用意した段階設計法では,建築物をまず長いライフをもつ骨格と、可変性のある短いライフの装備とに区分します。
骨格は、コンクリートの積層状の床と、この床を支える架構とからなる構造躯体と、この床の上に人間、物品、エネルギーを循環させるためにつくられる装備のため基本的な設備とから構成されます。建築の骨格を決めるものは環境条件であり、環境条件は道路、地下鉄、高架道路などの構造的環境と、人間、物品、エネルギーの循環制御にかかわる外的環境とから成っています。
装備のほうは、内装一般と、人、物、エネルギー循環制御のための末端装置とから構成されます。装備は環境条件によってではなく使用の状態によって決まりますが、使用状態は骨格にくらべてはるかに短いライフの、可変性に満ちたものです。かつて、スキン・アンド・ボーンという建築思想がありましたが、今日の大規模建築をそのように静的なものと考えることは適当でないように思われます。
パレスサイド・ビルの表現がまず床の線をはっきりと見せ、次にコア、シャフト、諸装備の収納されている天井裏を明確にし、これに反して柱は暗色に塗装して見えにくく、また外壁はすべて透明ガラスで構成しているのは、床と装備から或るという大規模建築に対する私たちの考え方を示しているわけです。
さて、段階設計法の実際は、まず、建築のライフに従って段階づけられた設計内容を、工程の段階区分と照応させることから始められます。長いフイフをもつ骨格に対して長い工事期間が、また短いライフの末端装備に短い製作期間が対応することになるので、ライフの面からの段階区分は、現実の設計に当たっては、ほぼそのまま工事順序からの段階区分に置きかえることができます。つまり第1段階では構造躯体と装備の基本設備を設計、発注し、このエ事が道む間に次の段階である装画一一内
装と末端設備の設計段階に入るという順序になります。こうすることによって、大規模建築で要請される短い準備および設計期間と長い工事期間という不均衡を実質的に是正し、その全期間にわたって、設計のエネルギーを合理的に配分することが可能になるわけです。
3.ピロティから空濠ヘ
パレスサイド・ピルの骨格についていくつかの特徴的な点をあげてみましょう。もちろんこれらの点は、このビルの環境条件と切り離すことのできない関連をもっています。
まず、コアを外に出してサービスタワーとして独立させ、これによって屋上をフラットデッキ形式とし、ルーフパークを形成していることです。これは、不整形な敷地の有効な利用と、建築によって失なわれた緑を屋上に還元しようとする意図によっています。自動車交通をビルの地下中央を貫通する自動車専用通路に導き、この通路にサービスタワーヘの入口を設けて、直接各階と結びつけています。車と歩行者を完全に分離することも、この外コア形式によって可能となったことです。
ふたつのサービスタワーを設けて、正面入口、エレベーターなどをここに集中したことは、この建築の環境条件が、一般の市街地内のビルのそれとは異なって、外部からのアクセスが、きわめて限られた形でとりついていることと関連しています。つまり、ここでは地表という「面」で広く外部と接触しているのではなく、東西方向からの道路と自動車通路、地下鉄という数本の「線」で建築と外部とが結ばれているわけです。
1街区をおおう巨大建築で、建築と環境との間のアクセスの関係がこのように「線」とその交点になることもあるわけで、外部に対して閉じられたこの孤立系では、建築内部のコンコースがことさら重要な意味をもってくることになります。パレスサイド・ビル1階の商店と外周道路との関係は、ちょうど一般の建築と高速道路との関係に似ており、ふたつの入口はインターチェンジに相当することになるでしょう。
外周道路と1階床とがこのように直接の関係を断たれれば、その高さを揃える理由はなくなります。1階をピロティとすることも実用上から意味のないことになります。
ピロティを骨格の観点からみると、もともと岩盤のような堅固な地盤の上に柱を立てるという発想によったものと想像されます。ところが東京のように火山灰の堆積によってつくられた地盤では、巨大建築の骨格が根を下ろすところは、表土ではなくて20mほども下の東京層なのであり、躯体はこの東京層の上に据えられるわけです。この骨格に対して地下、地上、あるいはさらに将来は高架道路やヘリによって空中から、人間、物品、エネルギーの循環のための人工的な構造物が直接とりつくとすれば、これらの都市施設にくらべて、地表はさして意味のない不安定な存在でしかありません。そこで私たちは骨格が地下から立ち上る姿のものと考え、地表との間に空濠を設けて建築と地表を絶縁し、1階床を高くあげて地下1階を1階と大差ない扱いとする構想をとりました。
ふたたび段階設計法の具体的な進行に話を移すことにしましょう。
骨格の構想が決まれば、大体の床面積が推算でき、また工法の基本が決定できますから全体予算の推算から、骨組みに要するコストの枠を決定します。この枠をにらみながらまず構造躯体だけの設計を行ない、発注することになります。パレスサイド・ビルの場合には明瞭に区分した別途発注という形はとりませんでしたが、全工事費の中での躯体の枠が崩れることは取り返しのつかない影響を生じますから、根伐の工法や工程までを十分考慮した慎重な躯体の設計が行なわれなければなりません。
幸いにしてパレスサイド・ビルの躯体設計は、16.8mという大スパンと、地下6階、地上9階、地上軒高38mというボリュームにもかかわらず、m2当たり鉄骨量0.18t、m2当たり躯体工事費3万3千円という予定通りの枠内におさまりましたが、これはきわめて合理的なコストであると考えられます。新聞社の諸施設と諸種のエネルギー、物品の循環系の大筋など、構造躯体と同じグレードをもつ要素はもちろんこの設計と並行して進められます。特高変電所を裏側の飛地に独立棟として設置する。ボイラーとクーリングタワーをサービスタワーの上部に収容する。空調用の熱交換装置を各階別にファンユニットとしてシャフト化する。地上階の空気の循環は屋根裏(MR)階の機械室からこのシャフトを介してキャンティレバー部分を横引きしてサブライし、耐震壁通りを通って縦にMR階へと循環させる。地下の換気には空濠を利用する。物品の搬出入設備は各サービスコアの裏側に設ける。非常用の設備は、中央廊下の各末端、各シャフト、各耐震壁の小口にまとめて設置する、などこれらの基本的な方針がつぎつぎと具体化されました。
4.装備は可変的に設計される
このようにして構造躯体を中心とし、基本循環系の設備を含む骨格の設計が完了し、工事が進行している間に、内部の諸装画の設計がはじまります。内部の装備が具体的に固まるためには、ビルの経営のディテールとテナントが決定されなければなりませんが、いずれにしてもこれらの要素のための設備設計はすでに決定し、進行中の骨格への影響がないように配慮されなければなりません。各テナントの契約時期は予想することができないので、諸装画の決定から竣工までの期間が最も短くてすむような設計方法が考えられました、一例をあげると、設計者の側であらかじめ数十種類のオフィスレイアウトのモデルプランを用意しておき、各テナントにこのプランによる組み合せを推奨すること、間仕切についても数種類のプレファブ・ユニット化したモデル中から選定使用することなどであり、もっともネックになりやすい空調の末端設計については、メインダクトヘの影響なしにオリフィスによる制御に頼ることとし、この計算はコンピューターによりスピードアップすること、などの手段が設備スタッフの手によって開発されました。これらの方法をとることによって、全貸室面積の90%におよぶテナントの工事がすべて竣工当日に完了、引渡すことができたのです。
今日、私たちのおかれている技術的・経済的レベルでは、一般のオフィスビルについて、内部装備の可変性と可動性とが一義的に結ばれると考えることは正しくありません。たとえば間仕切のプレファブ化とリムーバブル化との間には大分距離が残されています。間仕切のリムーバブル化のためには、間仕切自体以外に、空調、電気設備等について複雑高度なシステムが採用されていなければなりませんが、日本の現状はそのような段階に達していません。現状ではプレファブ化はペイするがリムーバブル化はペイしないのです。さらに、数年後の改造時には、より高性能の装備品に置きかえられるとも考えられます。私たちの段階設計法では、このような観点から、リムーバビリティにはとらわれず、それよりもむしろ、装備変更時にも躯体への影響を最小限にとどめる工法の設計に重点をおいているのが特徴といえるでしょう。
5.段階設計法の性格
段階設計法によると、環境条件から全体の骨格をつくり、ついで内部の各部分にそれぞれ適応する装備を行なうという順序に従って作業が進められます。内部装備は、いま一応全体を通して完了していますが、今後、テナントの移り変わりなどの外部条件の変化によってさまざまに変転することになるでしょう。
この変転の全過程、つまりこの骨格のライフ全体に対して私たち設計者がいつも関与してゆくのは望ましいことですが、それを保証することは不可能です。また、不特定多数のための建築全体と、特定の使用者のための個々の内部装備とはその性格も異なっており、前者はアノニマスな、後者は恣意的な要素がより強くなるはずでもあります。
このことから、巨大建築においては私たちの仕事を骨格全体の設計方針を誰の目にも明瞭に理解できるようなかたちに設計することに重点をおき、個々の内部装備、特に商店街の店舗設計のようなものはそれぞれのデザイナーが存分に腕をふるっても全体を損なうことのないように配慮しておくことに努めました。たとえば商店街に面する通路はサッシュなしのガラスのはめ殺しだけで構成してありますが、こうすることによって、全体としては光沢と反射光とで統一され、個々の内装自体は、なんの障害もなく自由に表現することが可能になるわけです。
6.おわりに
段階設計法は私たちが大規模建築の設計のために用意した方法であり、建築一般に適用できる方法ではなく、適用しようとすることは望ましいことでもありません。ごく小規模な建築はむしろ装備そのものに近くなるでしょうし、一方、将来想像されるようなさらに都市化した巨大な建造物になると、環境の建築物への影響力よりも、建造物の環境に対する支配力の方が上回ることになって、いずれもここで述べてきたような内容の段階設計法は適当でなくなります。
そこで私たちにとって興味のあるのは、建築の規模は現実には何によって決まるかということです。私たちはすでにどのように大規模な建造物でも具体化するに足る技術をもっており、未来都市の構想にもこと欠きません。にもかかわらず現実の建築規模には限界があります。今日の建築規模の限界が突破されるときには、より新らしい設計方法が開発されているはずです。
写真の多い情報の発信としてJUGEMのブログを活用する。鋭意更新する。
・・・・とした。
そして、林昌二 先生の「パレスサイドビル」を多くの写真で再構成してみようと思う。







