昨日のラジオを聞いていましたら1972年の2月6日は札幌冬季オリンピックでスキー男子ジャンプ陣が一位~三位の表彰台を独占した日として紹介していました。1972年と聞いてもうあれから50年以上経ってるんだな~という思いがこみ上げてきました。若い世代にとっては札幌冬季五輪は知らない人も多いかと思います。長野の冬季五輪(1998年)ではありませんよ、そのずっと以前の話です(笑)。画像は表彰台の左から二位の金野、優勝の笠谷、三位の青地の各選手です。この快挙を新聞の見出しでは日の丸飛行隊と表現していましたが当時はまだ戦争の記憶が残っていた時代でした。

当日の試合状況を各選手のインタビューを交えての映像ですがこの日はまるで日本チームの為にあるような試合でした。

改めて驚いたのは当時はヘルメットではなくて何とニット帽(笑)で飛んでいたんですね(画像は笠谷選手)、しかも飛び方が今とは全然違います。当時の飛型点(=ジャンプ姿勢の評価点)のポイントはスキーの板を揃えて飛ぶ事でした。

こちらは現在の飛び方(画像は高梨選手)です。スキーの板を開いて前傾姿勢をキープするのがポイントです。まるでムササビが飛んでいるような姿に進化しました。つまりムササビのほうが人間よりもずっと賢かったと言うことですね(笑)。

こちらも高梨選手ですがスキー板を開いた分だけ前傾角度がより深まってジャンプの後半は身体を板と殆ど並行近くまで倒しています。ジャンプ台から飛ぶのさえも怖いのに空中でこんな姿勢などとても真似出来ませんね。

札幌季五輪で採用されたイメージソングが虹と雪のバラード(トワ・エ・モア)でした。これも記憶に残る素晴らしい曲です。この投稿映像では歌と背景の札幌の街並みやジャンプ台の風景が上手く溶け込んでいます。

1970年の大阪万博、1972年の札幌冬季五輪と日本中が大いに盛り上がりましたが現在その二番煎じをやろうとして苦労してますね、半世紀を経過して世相が全く変わってしまいました。