春夏秋冬✦新✯浪漫百景

春夏秋冬✦新✯浪漫百景

月に叢雲花に風 さよならだけが人生だ

白いサンゴ礁

白いサンゴ礁 ズー・ニー・ヴー

1969年4月1日発売  作詞:阿久悠 作・編曲:村井邦彦.

ズー・ニー・ヴー(Zoo Nee Voo)

1968年春に結成し、1971年解散。

メンバー

  • 町田義人(ボーカル)
1946年9月21日生。高知県出身。土佐高校→成城大学出身。後にソロ活動。
  • 上地健一(ボーカル・パーカッション)
1946年9月8日生。長崎県出身。土佐高校→明治大学出身。
町田と上地はズー・ニー・ヴー結成前の1967年、
東大生の田村守と共に「キャッスル&ゲイツ」
という人気フォークグループを組んでいた。
  • 山本康生(リード・ギター)
1947年9月28日生。宮崎県出身。成城大学出身。
  • 塚谷茂樹(ベース・ギター)
1948年9月8日生。長崎県出身。明治学院大学出身。
  • 大竹茂(ドラムス)
1948年2月3日生。東京都出身。成城大学出身。
  • 桐谷浩史(キーボード)
1946年3月27日生。千葉県出身。立教大学出身。
 
青い海原 群れとぶカモメ心ひかれた白いサンゴ礁
いつか愛する人ができたらきっと二人で訪れるだろう
南の果ての海の彼方にひそかに眠る白いサンゴ礁
まことの愛を見つけたときにきっと二人で訪れるだろう
 
 
 

夏の少女

作詞・作曲 南こうせつ   編曲 水谷公生 

1977年6月にリリース  

アルバム「今こころのままに」より

夏の少女」は、同年発売のアルバム『今こころのままに』にも収録。

この楽曲のタイトルや歌詞にも出てくる「夏の少女」とは、

当時アイドル歌手でデビュー1年目の榊原郁恵をモデルにしているという。

目を覚ましてみると白い砂は焼けて

まぶしい日ざしといたずらな瞳が僕をまどわす

ほほえむ君の顔が夏の空に溶けてゆく

おまえは僕のために生まれてきた様ななぜかそんな感じ ...

夏の花―水辺に咲く蓮と睡蓮

夏、夜が明ける頃からゆっくりと花開き、幻想的な美しさを見せる蓮。

夜露が葉の上を転がり、朝日にきらめくのも清々しい光景です。

優美で清らかな蓮は、天上の花にたとえられています。

仏教では、「蓮は泥よりいでて泥に染まらず」ということばの通り、

泥の中に生まれても汚れなく清らかに咲くことから「清浄無比の花」と尊ばれています。

多くの仏典に「蓮華(れんげ)」の名で登場し、仏像の台座にもその形がよく使われています。
お盆の盆棚にも蓮の花を模した盆花を飾り、

蓮の葉はご先祖様や仏様にお供え物を捧げるための器として使われます。

pixta_7966126_S蓮の花.jpg

■蓮ってどんな植物?

蓮の花は、7月~8月にかけて咲く夏の花。

インド原産のハス科多年生水生植物で、地下茎から茎を伸ばして水面で葉を出し、

夏の早朝、鮮やかなピンクや白色の花を咲かせます。

葉は蝋状になっているため、水をはじき、水滴は水玉になってころころと転がります。

美しい花をいつまでも楽しみたいものですが、蓮の花の命は4日間。

1日目の早朝に開花して昼頃には閉じてしまいます。

2日、3日と同様に繰り返し、4日目は開花すると閉じることはなく、散ってしまいます。

「蓮」という名前の由来は、

花の中心部にできる花托(かたく)の形が蜂の巣に似ていることから「はちす」となり、

「はす」と呼ばれるようになったといわれています。
花托の中に入っている蓮の実は、料理やお菓子に使われます。

地下茎はレンコンとして食べられますが、食用の蓮は蓮田で栽培されています。




【蓮と睡蓮の見分け方】

 


蓮とよく似た植物に睡蓮があります。ともに水の底の土や泥に根を張り、

夏の午前中に白やピンクの花を咲かせます。

花の形もよく似ていますが、見分けるポイントは葉。

睡蓮の葉は切れ込みがあり、水面に広がりますが、

蓮は切れ目がなく、水面より上に葉を広げます。

葉を観察すると見分けがつきやすいですよ。

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■驚異的な蓮の生命力

蓮は、最も古い植物のひとつで、

およそ1億4000万年前にすでに地球上に存在していたといわれており、

日本でも約2000年前からすでに栽培されていたと思われます。
1951年に千葉県検見川で発見された古蓮の実は約2000年前のものと推定され、

発見者の名前にちなみ「大賀蓮」と呼ばれています。


また、1971年、埼玉県行田市では、建設現場の水だまりから、

約1400年から3000年前のものと推定される古代蓮が自然発芽しました。
現在は古代蓮の自生地「古代蓮の里」として親しまれています。

■蓮の名所

前述の埼玉県・行田市の「古代蓮の里」の他にも、

蓮の名所をいくつかピックアップしてみます。

・「上野恩賜公園 不忍池」(東京都・台東区)
江戸時代からの蓮の名所とされ、池を広く覆う蓮の葉と花は夏の風物詩。

「不忍池と蓮飯」


・「手賀沼 ハスの大群生地」(千葉県・柏市)
広大な大群生地で、ハス祭り(8月上旬)の期間中は蓮見船が出て、

間近でハスの花を楽しめます。

 

・「古河総合公園」(茨城県・古河市)
花桃が有名ですが、大賀蓮の蓮田があり、鮮やかなピンクの花を咲かせる人気のスポット。

 

花は早朝から咲き、昼過ぎには花弁が閉じたり、散ってしまったりするので、

見ごろは早朝から午前中。見学するならとにかく早起きして出かけることです。

思わず「早起きして良かった!」と言ってしまうほど神秘的な美しさを見せてくれます。

 

とはいえ、早起きは辛い(笑)

近くに蓮池でもあれば暑くなる前に朝の散歩、浴衣に下駄でも履いて...

やっぱり無いかな...

 

想い出の恋人

作詞:水沢圭吾,作曲:叶弦大。

1967年6月発売

ただひとり 旅に出たのさ太陽と 恋をもとめて

緑なす ヤシの葉かげで涙ぐむ 君に出会った

どうしたの…ときいたらうつむいて 指をかんでた君よ

磯波の音もやさしく僕たちを包んでくれたね

 

さようなら…と言ったら泣いていた白いうなじの君よ

もう一度君に会いたい

その時ははなしはしないぜ

 

美樹 克彦(みき かつひこ、1948年(昭和23年)10月22日 - )

本名および旧芸名は目方 誠(めかた まこと)。

幼稚園児の終わりごろに京都市内の劇団「ペチカ」に入団。

市立衣笠小学校から市立衣笠中学校に進学し、

この間子役として(芸名も本名のままで)70本近くの映画に出演。

1965年、日本大学鶴ヶ丘高等学校2年のとき、

芸名を現在の美樹克彦に改名し、

日本クラウンから「俺の涙は俺がふく」で歌手として再デビュー。

その後、「回転禁止の青春さ」、「6番のロック」、「恋の台風第一号」、「赤いヘルメット」、

など、多くのヒット曲を連発した、

中でも「花はおそかった」が大ヒットとなり一躍アイドル歌手となった。

タイムマシーン

  • 沖縄の本土復帰,日中国交正常化ようやく実現
  • 昭和47年(1972年)の川柳 ひめゆりの塔と復帰の日を数え 田口麦彦

昭和47年(1972年)の内閣

  • ~7月6日 第三次 佐藤栄作(自民党)内閣
  • 7月7日~12月22日 第一次 田中角栄(自民党)内閣
  • 12月22日~ 第二次 田中角栄(自民党)内閣

政治・経済

1.3 日米繊維協定調印(対米輸出制限)。
1.7 日米首脳会談,沖縄返還を5月15日と発表。
3.7 自衛隊航空部隊,宇都宮から東京立川基地に抜打ち移駐(3.8知事・市長,中止を要求)。
3.21 通産省,PCBの生産・使用の禁止を通達。
3.27 社会党横路孝弘,衆院で沖縄返還協定の秘密文書を暴露

   (軍用地補償費を日本が肩代りする密約)。 

4.4  警視庁,公電漏洩容疑で外務省事務官と毎日新聞記者を逮捕

   (国民の知る権利か争われ,両者とも有罪判決)。
4.24 火炎びん使用等処罰法公布(過激派対策)。
5.15 沖縄の施政権返還,沖縄県発足。

   復権令(すべての罰金刑約650万人が復権,うち選挙違反者約3万8000人)

   特別恩赦2174人。
6.11 通産相田中角栄『日本列島改造論』を発表(ベストセラー,地価暴騰の引金となる)。


6.17 佐藤首相引退表明。田中角栄・福田赳夫・大平正芳・三木武夫が出馬,

   三角大福戦争と呼ばれる。 7.5自民党大会,決戦投票で福田を破った田中が総裁就任。
6.25 沖縄県知事・議員選挙。知事に革新の屋良朝苗,県議は反自民が過半数を占める。
7.7 第1次田中角栄内閣成立。官房長官二階堂進。


8.5 社会党・労働組合など,神奈川県相模補給廠のベトナム向け戦車輸送を座り込みで阻止。
8.7 田中首相の私的諮問機関,日本列島改造問題懇談会初会合。
8.31 ハワイで田中・ニクソン日米首脳会談。

   ニクソンがトライスター導入を希望(ロッキード事件につながる)。
9.14 政府,青森県むつ小川原開発計画了承(列島改造の最初の計画)。
9.25 田中首相訪中。 9.29日中共同声明に調印,日中国交樹立。大平外相,日台条約失効と表明。


10.3 中央公害対策審議会,米国マスキー法に準じた自動車排ガス規制を答申(10.5告示)。 

   10.11本田技研,規制値達成のCVCCエンジン車を公開。
10.9 政府,第4次防衛力整備計画を決定(総額4兆6300億円)。野党,専守防衛を逸脱と批判。
11.16 政府,横須賀の米空母ミッドウェーの母港化を承認(昭48.10.5入港)。
11.24 大蔵省,渡航外貨の持出し限度を撤廃。
12.10 第33回総選挙(自民271,社会1坦共産38,公明29,民社19,無所属・諸派1G)。

    共産躍進,社会復調,自・公・民の敗北。
12.22 第2次田中内閣発足(行政管理庁長官として福田赳夫入閣)。 

 

社会・文化

1.24 横井庄一元軍曹,グアム島のジャングルで救出(2.2帰国)。


1.28 警視庁,日活ロマンポルノ『恋の狩人』(ラブ=ハンター)など3本をわいせつとして、

   日活本社を捜査・押収。 1.31映倫が抗議声明。
2.19 長野県軽井沢で連合赤軍メンバー,管理人を人質に河合楽器浅間山荘に寵城。

   警官隊包囲。 2.28山荘の破壊作業,各放送局は終日中継放送(浅間山荘事件)。
3.7 群馬県警,連合赤軍逮捕者の自供から,妙義山中で殺されたメンバーの凍死体を発見

   (3.13までに計12遺体)。


3.15 新幹線,新大阪一岡山間開業。
3.21 奈良県明日香村の高松塚古墳で極彩色壁画発見。


4.16 川端康成,仕事場でガス自殺。
5.30 日本人ゲリラ,イスラエルのテルアビブ空港で自動小銃を乱射し26人を殺害。
6.8   中原誠8段,13期続いた大山康晴将棋名人を破る。
6.14 中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合(中ピ連)結成。
6.22 雑誌『面白半分』,『四畳半襖の下張』を全文掲載≒わいせつの疑いで発禁。
6.27 最高裁,日照権や通風権を法的保護に値する権利として認める判決。
7.16 高見山,大相撲名古屋場所で外国人として初の優勝。


7.19 クラゲ200トン,横浜火力発電所海水取入れ口に押寄せ,横浜・東京で停電。
7.24 津地裁,四日市ぜんそく訴訟で6社の共同不法行為を認める判決。
8.16 森永乳業,砒素ミルク中毒の責任を認め,患者・家族の救済要求を受諾。
9.1   文部省,国立大学共通1次試験を実施する方針を発表。
10.19 フィリピン・ルパング島で地元警察隊が元日本兵2人を発見。銃撃戦で1人死亡。

    残る小野田寛郎元少尉の救出作業開始(昭49.3.10救出)。
10.28 中国からパンダのカンカンとランランが上野動物園に到着。 11.5初公開。


10.30 日航,ボーイング747 S R (ジャンボ)導入決定。
11.6 国鉄北陸トンネル内で列車火災,死者30人・重軽傷714人。
11.13 女優岡田嘉子,亡命先のソ連から34年ぶりに帰国。

 

世相

2月 郵便料金値上げ,はがき10円・封書20円。
4月 大蔵省,紙巻きたばこの外箱に「健康のため吸いすぎに注意しましよう」の表示を決定。
5月 ストリッパーの一条さゆり,公然わいせつ現行犯で逮捕。
7月  映画・演劇・タウン情報誌『ぴあ』創刊。


8月 カシオ計算機,パーソナル電卓「カシオミニ」を発売

  (1万2800円,発売10か月で100万台突破)。


9月 輪島・貴ノ花,そろって大関に昇進。
10月 免許取得後1年未満のドライバーに初心者マークの貼付が義務づけられる。

 

この年

 日本列島改造論で土地ブーム/ダイェー,売上げで三越を抜き,小売業の卜ップとなる

 カラーテレビの受信契約数,白黒テレビの契約数を上回る/パンダのぬいぐるみ流行

 SLブーム/池田理代子の『ベルサイユのばら』,小池一夫の『子連れ狼』が人気

 競馬ブーム(有馬記念の売上げ100億円を超える)。

流行語

恥ずかしながら(横井庄一の帰国第一声)

三角大福(ポスト佐藤をめぐってしのぎを削る三木武夫・田中角栄・大平正芳・福田赳夫)

日本列島改造/総括

あっしにはかかわりのねえことで…(木枯し紋次郎のセリフ,ニヒルなところが若者にうけた)

バイコロジー/洸惚の人/未婚の母/同棲時代

 

流行歌

「結婚しようよ」よしだたくろう/「学生街の喫茶店」ガロ/「男の子女の子」郷ひろみ

「瀬戸の花嫁」小柳ルミ子/「女のみち」ぴんからトリオ/「喝采」ちあきなおみ

話題の書物

東峰夫『オキナワの少年』/有吉佐和子『恍惚の人』/森村誠一『腐蝕の構造』

山崎朋子『サンダカンハ番娼館』/遠藤周作『ぐうたら人間学』

映画

『忍ぶ川』東宝・俳優座;熊井啓監督・栗原小巻・加藤剛

『軍旗はためく下に』新星 映画・東宝;深作欣二監督・丹波哲郎・左幸子

『故郷』松竹;山田洋次監督・井川比佐志・倍賞千恵子


[洋画]

『死刑台のメロディ』(伊)/『ゴッドファーザー』『キャバレー』(米) 

テレビ

『木枯し紋次郎』[CM]「愛情はつらつ」(丸井),「おれ,ゴリラ」(明治製菓)

プロ 野球記録

  • セントラル・リーグ
    優勝チーム 巨人(監督 川上哲治)
    最優秀選手 堀内恒夫(巨人)
    首位打者 若松 勉(ヤクルトアトムズ)
    本塁打王 王 貞治(巨人)
    打点王 王 貞治(巨人)
  • パシフィック・リーグ
    優勝チーム 阪急ブレーブス(監督 西本幸雄)
    最優秀選手 福本 豊(阪急ブレーブス)
    首位打者 張本 勲(東映フライヤーズ)
    本塁打王 長池徳二(阪急ブレーブス)
    打点王 大杉(東映フライヤーズ)・野村克也(南海ホークス)

高校野球決勝戦

  •  春センバツ 日大桜丘(東京) 5-0 日大三(東京)
  •  夏選手権  津久見(大分) 3-1 柳井(山口)

大相撲優勝力士

  • 1月場所 前頭5枚目 栃東(最終優勝1回)
  • 3月場所 関脇 長谷川(最終優勝1回)
  • 5月場所 関脇 輪島
  • 7月場所 前頭4枚目 高見山(最終優勝1回)
  • 9月場所 横綱 北の富士(全勝優勝)
  • 11月場所 大関 琴櫻

オリンピック金メダリスト

夏季 ミュンヘン大会

  • 水泳
    男子100m平泳ぎ 田口信教
    女子100mバタフライ 青木まゆみ
  • バレーボール
    男子 日本チーム
  • 体操
    男子団体総合 日本チーム
    個人総合/平行棒 加藤沢男
    鉄棒 塚原光男
    吊輪 中山彰規
  • レスリング
    フリースタイル52㎏級 加藤喜代美
    フリースタイル57㎏級 柳田英明
  • 柔道
    軽量級 川口孝夫
    軽中量級 二宮和弘
    無差別級 上村春樹

冬季 札幌大会

  • スキージャンプ
    70m級 笠谷幸生
70m級 笠谷幸生 金メダル
 
1972 新宿通り (新宿三丁目)
 
温故知新
72’ いろんな出来事があった日本
歴史がまたひとつ動いた年でしたね

真夏の出来事

作詞 : 橋本 淳 作曲 : 筒美京平 

1971年5月25日 リリース

 

彼の車にのって真夏の夜を 走りつづけた

彼の車にのってさいはての町 私は着いた

 悲しい出来事が 起らないように

祈りの気持ちをこめて 見つめあう二人を

朝の冷たい海は恋の終わりを知っていた

 

夏のせいかしら

夏のせいかしら :夏木マリ 

作詩:安井かずみ 作曲/編曲 : 馬飼野康二

昭和49年(1974)の夏に発売

いきなり踊ろうなんて遊びなれた人かしら

肩を抱かれ 恋をしそう夏のせいかしら 

やけた肌にふれてくる踊り方が気になるの

このままだと 恋をしそう夏のせいかしら

夏木マリ様は、昭和27年(1952)5月2日生まれ。
昭和46年(1971)に「中島淳子」という本名で1度デビュー。

昭和48年(1973)6月、夏木マリとして再デビュー。


 

作詞者:阿久悠 作曲者:川口真 :夏木マリ 發行日:1974年3月

土用とは

立春・立夏・立秋・立冬前の18~19日間(年によって異なります)のことを指します。
2026年の土用の入りは7月20日(月)、土用明けは8月6日(木)です。

 

丑の日とは

旧暦の日付を十二支順で数えていき、「丑」にあたる日になります。
今年2026年の「丑の日」は、7月26日(日)にあたります。

 

なぜうなぎを食べるの?由来は?

鰻を食べる習慣についての由来には諸説ありますが、

夏バテ防止のためにウナギを食べるという習慣が定着したのは、

江戸時代中後期になってから。

売り上げ不振に悩んだうなぎ屋から、

相談を受けた平賀源内が「今日は土用の丑の日」と書いた張り紙を出して、

うなぎの販促をし繁盛したそうです。


丑(うし)の日に「う」の付く物

(うどん・うり・梅干など)食べると体に良いとの言い伝えがあり、

「うなぎ」が合致したと考えられます。 
鰻にはビタミンA・B群が豊富に含まれているため、

夏バテ、食欲減退防止の効果が期待できます。

 

暑い夏を乗り切るためにうなぎを食べる日本の伝統的な風習です。

 

昔々、当時付き合っていた彼女に...

毎週土曜日になると「鰻屋」に誘われました。

たぶん、土用と土曜の区別がついていなかったかも(笑)

 

「今夜も元気!頑張って~💖」

 

夏を抱きしめて

作詞 : 前田亘輝 作曲 : 春畑道哉 1994年5月11日 リリース TUBE 18作目 シングル曲

夜も眠れないほど 

胸をしめつける想い 

もう二度と こんなに誰かを

 愛せるなんてないだろう 

この恋感じて 君と二人で夏を抱きしめて 

駆け抜けたい 何処まででも 乾く風の中

 壊れそうなほど君を抱きしめたい 

この気持ちは 止められない 好きだよ

灼ける陽射しの中で

 涙も心も溶けて 

もう一度 生まれ変われそう 

小さな傷跡にさよなら

この愛信じて

 熱く揺れてる夏を抱きしめて 

超えてゆける 秋も冬も 

僕の腕の中 無邪気に笑う君を守りたい 

この想いは変えられない いつまでも 

夏を抱きしめて

軽井沢にあった父親の別荘『浄月庵』で心中をはかった文豪がいます。
有島武郎(ありしま・たけお)。
『カインの末裔』『生まれ出づる悩み』『或る女』『一房の葡萄』など、

今も読み継がれる傑作を世に送り出した作家の、あまりにセンセーショナルな心中事件は、

新聞で大きく取り上げられました。


相手の女性は、波多野秋子(はたの・あきこ)。
雑誌『婦人公論』の記者でした。
有島は妻亡きあと、ずっと独身を通していましたが、波多野には夫と3人の子がありました。
享年、有島45歳。秋子30歳。
亡くなったとされる6月8日、有島にある決断が迫っていました。
秋子の夫から、不義を訴えられていたのです。
高額な慰謝料を払うか、姦通罪で監獄に入るか。
一説には、秋子の夫が、ブルジョアで流行作家だった有島に対し、

金をとれるだけとろうと脅していた、と言われています。
有島は、そのどちらの選択も捨て、秋子と軽井沢行きの汽車に乗ったのです。


有島武郎にとって、由緒正しい有島家の長男に生まれたことは、想像を絶する重荷でした。
気が弱く、自己主張のできない武郎にとって、泰然自若な父は、大きな壁、

決して越えられない山のような存在だったのです。
小説家としての才能を認められながら、彼が作家一本で世にうって出られなかったのは、

有島家の呪縛に勝てなかったから。

人生が大きく動いたのは、38歳のときです。
妻を亡くし、父もまた、病で亡くします。
このとき初めて、文豪・有島武郎が誕生したのかもしれません。
彼の行きついた最期はともかく、彼が書いた優れた小説を裏打ちするのは、

安易な道を選ばないという矜持でした。

 作家・有島武郎は、1878年、明治11年3月4日、東京市小石川区、現在の文京区に生まれた。
父は鹿児島出身の官僚。大蔵省に勤めていた。
母は、岩手盛岡の南部藩の出身。
芸術を解することなく「男は男らしくあれ」という父と、文学を愛する心優しき母。
幸か不幸か、有島家を背負って立たねばならぬ長男・武郎は、母の血を多くもらった。
虚弱体質、引っ込み思案、気が弱い武郎を、父は叱った。
ときには、手をあげる。
怖かった。父が怖くて仕方ない。
父の叱責を、母も決して止めることはできなかった。
ただ、母方の祖母だけは、武郎をかばった。
蔵に隠れてこっそり本を読む孫に、おむすびを運んだ。
祖母は言った。
「いいかい、おそらく、おまえがこれから歩む道は、ふつうではないかもしれない。
でもねえ、ふつうじゃない道を歩いたひとだけが、見つけることができる宝物があるんだよ」

 

晴耕雨読。畑を耕し、雨の日は、一日中、本を読む。
そんな生活を勝手に妄想していた。

15歳の頃には、父に黙って、小説を書き始める。
学習院中等科を優秀な成績で卒業。
誰もがそのあと、高等科に進学すると思った。
しかし、武郎は、初めて父に自ら申し出た。
「父上、僕は、札幌農学校に行きたく、お願い申し上げます」
実は、あらかじめ祖母に相談していた。
南部藩の重鎮、新渡戸稲造がいる札幌なら、父も許してくれるだろう。

祖母の想定どおり、新渡戸稲造の家に寄宿するのであれば、

頼りない我が息子も少しは鍛えられるかもしれない、そう思った父は、

武郎の北海道行きを許した。
北海道での一人暮らし。あえて選んだ厳しい選択。
しかし、その地で、有島武郎は、生まれて初めて自由を手にする。

 

 

有島武郎にとって、札幌農学校に入学したことは、大きな転機になった。
学習院から来た生徒、しかも教授の新渡戸稲造のつてで、いきなり上級に編入。
同級生も先生も、有島とどう接したらいいか、わからなかった。
孤独な毎日。彼に話しかける者はほとんどいなかった。
でも、有島の心は解き放たれていた。
父の脅威、父の叱責のない世界。
キリスト教に入信。
外国文学にも興味を持ち、ひたすら読み、小説を書いた。
北海道は、彼に人生への向き合い方を教えてくれた。
有島は、決めた。自分は作家になる。
どんなに困難が待ち受けていても、必ず、小説で名を成す。

 


のちに作家として大成し、父の別荘がある、軽井沢駅のホームに降り立ったとき、

有島は感じた。
「この風、この匂い、ここは北海道に似ている…」
初めての地なのに、懐かしい。
自由を手に入れたときの清々しさを思い出した。
最期の場所に軽井沢を選んだのも、もしかしたら、

18歳のときに感じた札幌の空気を、もう一度、吸いたかったのかもしれない。


「容易な道を選んではならぬ 近道を抜けてはならぬ」
有島武郎

 

辞世の歌は

幾年の命を人は遂げんとや思い入りたる喜びも見で 
修禅する人のごとくに世にそむき静かに恋の門にのぞまん 
蝉ひとつ樹をば離れて地に落ちぬ風なき秋の静かなるかな