次女の美保がカナダの第38回モントリオール世界映画祭「最優秀監督賞」を受賞した、2014年9月2日は忘れられない日になった。

新聞各社・テレビには大きく吉永小百合さんの横で緊張した娘が写っていた。

それからというもの、お祝いの電話が鳴りっぱなしで、今まで経験したことのない一日となった。

その映画祭であの大女優、吉永小百合さんと同じ場所に立てただけでも光栄な事と思っていたから、受賞の一報を聞いて家族は勿論、親戚中も大騒ぎだった。目目合格クラッカー


どの新聞各社も、三重県伊賀市出身の焼肉屋の次女と紹介してくれたが、

実は彼女は焼肉屋をまったく知らないのだ

彼女が家を出て大阪芸大に入ると同時に、焼肉屋を始めたからである。


それまで何を??


伊賀の伝統工芸組紐の染色工場を営んでいた。

16年前に他界した彼女の祖父は伊賀の町中で半世紀ほど頑張っていた。

勿論主人も大学を卒業後は染物の職人をしていた。

私も染物屋に嫁ぎ、早朝から夜遅くまで糸を洗ったり、干したりと毎日忙しかった。

だから家の子供たちは生まれた時から、工場の隅に置いてあった乳母車の中で寝かされ、

工場の蒸気の音と、色落ち止め仕上げ剤の酢酸の匂いと、脱水機で糸を絞る頭に響く音の中で育った。

赤系統を染める祖父の手と爪は赤く、青系統を染める主人は青く、そして親戚以上に彼女をかわいがってくれた“奥谷のおっちゃん”の手は紫色だった。

我が家の食卓はそれぞれの手形が付いて、誰が座る場所かがわかった。


子供たちは、学校から帰ると必ず工場に来て

「ただいまぁ~」と大きな声で言うのだった。

時代背景は着物から洋服へ。


焼肉屋の駐車場の奥に“奥谷のおっちゃん”の小さな染色工場がある。


美保は東京から帰ると、必ずこの工場に顔を出す。

「おっちゃん、ただいま~」


もしかしたら、子供の頃の音と匂いが懐かしいのかも・・・