82026年5月12日、カマトラうお~くで大井川を歩いた。大井川は人気があるようで、当日はバス2台とも満杯。100名を超す参加者がいた。
 
当日のウオーキングマップ。奥大井湖上駅まで降りて歩く人から温泉に入ってのんびりする人まで、行動パターンはいろいろであった。



まず全員で展望所まで行き、奥大井湖上駅を眼下に望みながら電車が来るのを待つ。電車が来たところで、写真撮影。

 
ここからは128段の階段を下りて奥大井湖上駅を歩く人とそうでない人が分かれた。
私は今回は大井川鉄道に乗るのが目的であったので、電車に間に合わないといけないと思い、降りずに接岨峡温泉駅に向かって歩き出した。
 
途中にあった南アルプス接岨大吊橋

 
30分で接岨峡温泉駅に着いてしまった。乗車予定の12時10分発の電車まで40分ある。電車を1本遅らせることにして、ウオーキングマップに載っていた対岸の6つの橋を巡るコースを逆に回ることにした(本当は接岨大吊橋から回ることになっていた)。
アップダウンのある山道を歩き、6つの橋を渡った。
 
 
最初の宮沢橋

 
 
次の桑の木橋

 
 
椿橋

 
 
水楢橋

 
 
桜橋

 
 
栃の木橋

 
最後に南アルプス接岨大吊橋を渡り駅に戻ったところ1時間を要していた。最初から13時01分の電車に乗る予定にしていれば、奥大井湖上駅まで降りることが可能であった。残念なことをした。
 
接岨峡温泉駅を13時01分発の電車に乗り、千頭駅まで行く。このアブト式の電車に乗りたかったのである。
 

 
ながしまダム駅までは1つの機関車で引っ張っていく。

 

長島ダム

ながしまダム駅からアブトいちしろ駅まで1000分の90という日本一の急勾配を運行するため、機関車をもう1台連結する。
 
アブトいちしろ駅で連結した機関車を外しているところ。

 
ゆっくり1時間10分かけて千頭駅に到着。駅に機関車トーマスが止まっていた。週末には走る。本当はこれに乗りたかった…

 
今回のウオークは好天に恵まれ自然を楽しみながら歩くことが出来た。大きなアップダウンもなく疲れは感じなかったが、それでも歩行数は16000歩に達していた。
翌日は、ホテルを8時に出発して大鹿歌舞伎の会場へ向かう。
大鹿歌舞伎は江戸時代より300年続く地芝居で、全国で初めて国の重要無形民俗文化財に指定されている。
かつては神仏への奉納歌舞伎として上演されていたため、神社の境内に舞台が建立されている。大鹿歌舞伎は映画「大鹿村騒動記」で全国的に有名になった。3回見ているが、何回見ても面白く泣ける(感激して)映画である。

9時半に到着、場所取りをする。歌舞伎の開始は12時からで時間があるため、希望者は中央構造線博物館を見学に行く。私は残っておひねりの作成をして過ごした。
 
歌舞伎の会場である大いし(文字がないのでひらがな)神社の入り口。

 
舞台と座席の様子。

 回り舞台もある立派なものである。

舞台の説明版。おおいし神社の漢字は以下の通りです。

 
最初に地元の中学生が揃いのはっぴを着てあいさつ。

 
ついで村長があいさつ。

 
演目は2つ。最初は「奥州安達原 宗任物語の段」

 


長野県副知事の新田恭士さんも出演(左端)。真ん中は高校生の中川新太さん。

 
2番目の演目「源平咲分け躑躅 扇屋の段」

おひねりが飛んでいる。舞台上にもたくさんのおひねりがある。

 


 
最後のご挨拶。締めは役者と観客が一緒に「シャンシャンシャン、おシャシャのシャン」のリズムで手打ちをして終了となる。

 
お弁当の写真を撮るのを忘れた。内容だけ紹介する。
 地元食材がぎっしり詰まった美味しいお弁当であった。

こんなりっぱな入れ物もプレゼントとして頂いた。
 
傍の公園から見た赤石岳。


バスに乗車してすぐ雨が降ってきた。歌舞伎上演中に雨に降られずラッキーであった。

2026年5月2~3日カマタ旅行で南信州へ出掛けた。参加者27名。バス旅行である。

1日目の目玉であった花桃は、ほとんど散り果て残念であったが、2日目の大鹿歌舞伎は見事であった。神社の境内にゴザを敷き、持参の座布団に座って、地元食材がぎっしり詰まったお弁当を食べながらの歌舞伎見物は、雰囲気も楽しめて堪能した。


旅の最初は、木曽谷の山の歴史と林政資料を展示している「山の歴史館」を訪問。ボランティアガイドさんの説明を受けながら見学した。

 
パンフレットより拝借。
 
次いで渡り廊下で繋がっている福沢桃介記念館へ。
こちらもパンフレットから。
 
木曽谷にこんなことが起きていたとは、知りませんでした。

 
 
資材を運んだトロッコ列車。

 
 
福沢桃介記念館に展示されていた写真。

 
そのあと桃介橋へ。主塔はコンクリートであるが、橋は木造である。

 
 

 
資材を運搬した橋なので、レールが復元されていた。

 
今年は花桃の開花が早く花桃街道は、ほとんど青葉であった。清内路でやっと咲いている花桃を見つけ、バスを降りて撮影した。

 

 
鯉のぼりが泳ぐ花桃の名所の月川温泉も、すっかり青葉になっていた。

 
宿は下條温泉にある月下美人。美肌の湯の温泉もよかったが、夕食後に開催されたミニコンサートも良かった。女将さんのピアノ演奏、ついで女将さんのオカリナと息子さんのギター演奏があり、心地良く聴いた。その後、息子さんの解説付きの星空ツアー。ゴザに寝転んで星座を鑑賞した。
2日目は9時半にホテルを出発して今井町に向かう。
今井町は天文年間(1532~1555)に一向宗の門徒が都市計画に基づき御坊(称念寺)を中心に造った寺内町である。お濠を3重に張り巡らし、僧兵も持っていた。信長に歯向かい攻められたが落ちなかった。しかし、明智光秀を通じて信長に降伏。信長に認められ赦免の御朱印状が下され自治権を許された。その後商業都市として変貌をとげ、江戸時代には南大和最大の在郷町となって栄えた。
明治以降は衰退したが、鉄道の駅が今井町に作られなかったことから江戸時代の建物が残ってきた。現在でも江戸時代の町家が500軒も残っている。
今井町の素晴らしいところは、この町の佇まいを残すか残さないかを20年かけて町民が議論し、残すことにしたことである。それも観光地化するのではなく、住民の暮らしを重点に置くという方針であったと。そのために、街の中には観光客相手の店はほんの少ししかない。それも目立たない佇まいで営業している。1993年に重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
 
今井まちなみ交流センター

ここでボランティアガイドさんと待ち合わせ。
 
 
交流センター内にあった今井町のジオラマ。精巧な模型であった。

 
 
中尊坊門跡

今井町はかつて9つの門があり、夜間は閉められて住民以外は滞在することが出来なかった。その門の1つ。
 
 
街並み

 
 
 
錣(しころ)ぶきの屋根

瓦の上に、さらに瓦を載せているので重い。
 
 
防火のため地下に水を貯めていた。その施設。

 
 
 
屋根の端にうだつのようなものが。今井町では袖壁と言われている。屋根の上にあるのは煙り出し。2階の窓は虫窓と呼ばれている。

 
 
入り口は質素にしているが、奥に入って行くと蔵のある座敷が造られていた。

 
 
今井町の西の端に建てられている名家、今西家の座敷。豪華である。

 
 
 

 
 
下は馬をつなぐ駒つなぎ。上は牛をつなぐ牛つなぎ。

 
 
今井町の中心、称念寺

 
 
 

 
 
お昼を食べたお店、こもれび。

ひっそりと建っていた。
 
 
お昼ご飯

可愛い。そして美味しかった。
 
渋滞にもほとんど遭わず、予定通り18時過ぎに豊橋に到着した。
2026年4月14~15日カマタ旅行で奈良を旅した。主たる目的は當麻寺で1,000年以上続いている行事、聖衆来迎練供養会式の見学である。天平の世に生まれ、29歳で生きながら西方浄土へ迎えられた伝説の女性、中将姫の伝承を再現した荘厳な宗教劇である。この宗教劇を地元の住民が1,000年以上守り続け上演している。一度見てみたいと思っていた。当日は、最初は晴れていたが、行事が始まる頃には曇ってきて、熱中症になることなく見学出来た。
翌15日は江戸時代の町家が500軒も残っている今井町をボランティアガイドさんの説明のもと見学した。
充実した2日間であった。

まず中将姫ゆかりの石光寺へ。
 
入り口の門

 
艶やかなボタンが咲いていた。

 
中将姫が曼荼羅を織るために、蓮の茎から紡いだ糸を洗った井戸。

この井戸水で洗い清め、傍らの桜の木にかけて干したところ、乾くにしたがって5色に染まったそう。左のガラスケースに入っているのが、その桜の木(枯れ木)。中将姫は、この糸を使って一晩で曼荼羅を織りあげたと言われている。
 
 
石光寺の近くにある中将姫の墓塔

 
 
當麻寺の練供養は16時から始まる。それまで本堂の仏様、中将姫の像、曼荼羅を拝見し、講堂、金堂の仏様も拝ませていただいた。
しかし、まだ始まるまで2時間ある。場所取りのため、来迎橋の近くで座れる場所を見つけて待つことにした。最初は暑くて熱中症になりそうであったが、そのうち曇ってきたのでありがたかった。
 
右側の本堂(極楽浄土)から娑婆堂(現世)に架けられた来迎橋。

この上を金色の面の観音菩薩が中将姫の小像を蓮台に乗せ、極楽浄土に見立てた本堂へ向かって勢至菩薩や他の菩薩とともに練り歩くのである。
 
 
まず本堂から中将姫の像が運び出される。
 

 
続いて観音菩薩と勢至菩薩が25菩薩を従えて、娑婆堂(当日は現世)まで中将姫を迎えに行く。
 
 
娑婆堂から観音菩薩が中将姫の像を持って現れ、本堂に向かって練り歩く。
観音菩薩は両手で蓮台を左右にすくい上げる所作を繰り返して進むことから、スクイボトケ、後ろから続く勢至菩薩は合掌しながら練り歩くことからオガミボトケとも呼ばれているそう。
 
 
 
勢至菩薩の後に25菩薩が続いて、中将姫を極楽浄土へ導く。
 
 
これらをすべて地元の住民が実施。それが1,000年以上続いているのだから貴重なお祭りである。堪能した。
 
夕食を食べてホテルへ。宿泊場所は、ホテルルートイン桜井駅前。