トルコで投げかけられた「なぜ自分の国を自分で守らないの?」

トルコに行って印象に残ったことのひとつが、トルコの国旗がいたるところにあることでした。びっくり

街を歩いていても、いろんなところで目にするトルコ国旗。🇹🇷

そしてトルコは、地域によって産業にも特色があって、

農業、繊維、皮革、自動車などの製造業、食品、観光など、さまざまな産業があります。

もちろん外国との貿易もあるので、すべてを自国だけで賄っているという意味ではありません。

でも実際にトルコを旅してみて、私にはこの国に、

「自分たちの国は自分たちで守る」

「自分の国を誇る」

「自分たちの国の素晴らしさを讃える」

そんな強さのようなものが感じられました。

そんな旅の途中で、日本の事を聞かれて答えられない私に

「なぜ自分の国を自分で守らないの?😳」

そして、「自分の国を誇らないの?😳自国の素晴らしさを、なぜ分からないの?😳」

国防や政治について何が正しい、という話ではありません。

もちろん、日本の素晴らしさを誇りに思っている方もたくさんいらっしゃると思います🙇‍♀️

私がここで書きたいのは政治の話ではなく、

この言葉を自分自身に置き換えたときに気づいた「私の思考」の話です。

私が学んでいる思考の仕組みには、

「潜在意識は主語が分からない」

という考え方があります。

これは私自身も「思考の学校」の基礎講座でお伝えさせていただいていることです。

そこで私は、トルコで投げかけられた言葉の主語を、「国」から「私」へ変えてみました。

「なぜ、自分の国を自分で守らないの?

「なぜ、私は私を自分で守らないの?」

自分の国を誇らないの?私は、私自身を誇っている?

そうやって主語を変えてみたとき、なぜあの言葉がずっと私の中に残っていたのかが、少しずつ見えてきました。

思考を学び始めてから、私自身もずっと

「自立する」ということに向き合ってきました。

そして今日、やっとあの言葉が、私自身のこととして腑に落ちたんです。

改めて、自分に問いかけてみました。

「私は、自分で自分を守っている?」

私はずっと「YES」だと思っていました。

だって私は、シングルマザーとして働いて、息子を育てて、家族を守ってきたから。

私にとって、

戦う=働くこと。お金🟰愛でしょ?

だったんだと思います。

働く。稼ぐ。子どもを育てる。

家族を守る。「私がやらなきゃ」

そう思って生きてきました。だから当然、

「私は自分で家族を守ってきた」

と思っていたんです。

これまで何度も先輩の先生から、

「守ってもらいたかったんじゃないですか?」

と教えていただいても、

正直、「え?」って感じでした。だって私が守ってきたんだから。私がやるしかなかったんだから。

そりゃ、そう思って当然じゃない?

くらいに思っていました。お父さんお母さんへの見下しだと教わってはいましたが、まだ深く理解できておらず😵‍💫

ところが今回、

「なぜ自分で自分を守らないの?」

と潜在意識 0歳から6歳までの幼心聞いてみたら、ものすごく幼い私の本音が出てきました。

「だって、守ってもらいたいんだもーーーん!!!!」

…………え?

まさか、ここまでとは🙈

私、守ってほしかったんだ。

ずっと「自立しなきゃ」と思って生きてきた私の根っこにいたのは、

誰かに守ってほしい、小さな私。

でした。これか😭

私はずっと「守る側」だと思っていました。

だから、自分の中にこんなにも強く

「私も守ってほしい」

という気持ちがあることを認め切らず、そんな思考もあるんですね、、、と人事でした。

そして、このことに気づいたとき、

今度は私の中から猛烈な怒りが出てきました。

「だって、お父さんもお母さんもいなかったじゃん!」

「私がやるしかなかったじゃん!!」

ああ……

私、ずっと怒ってたんだ😡

守ってほしかったのに、守ってもらえなかった。だから私は、自分で立つしかなかった。

自分で働くしかなかった。どれだけ強烈に守られない私を現実化してきたのだろう😱

自分で家族を守るしかなかっただってまもってもらえないじゃん😡

私はずっと、そう怒りながら生きてきた過去の思い それは苦しかったね😱

守ってほしいのに守ってもらえない現実の元の思考

私は守られないここだった😱😱😱😱😱

どれほどの怒りだったのかやっと認めて寄り添うことができました😭


つづきます✨