今日はすったげさびがったがら温泉さ行ってきたっす
町田がらちょこっと行ったどごろさあるいこいの湯だ
じぇんこは900円
温泉さ入ってゆっくりぬぐだまりでがったども、人いっぺでなんもゆっくりでぎね!
ゆっくりでぎだのばサウナだげだ・・・
次いづいぐがわがらねっすども、今度だば午前中に行がねばゆっくりでぎねんだべな!
今日はすったげさびがったがら温泉さ行ってきたっす
町田がらちょこっと行ったどごろさあるいこいの湯だ
じぇんこは900円
温泉さ入ってゆっくりぬぐだまりでがったども、人いっぺでなんもゆっくりでぎね!
ゆっくりでぎだのばサウナだげだ・・・
次いづいぐがわがらねっすども、今度だば午前中に行がねばゆっくりでぎねんだべな!
大相撲の大関、魁皇関(38)が白星を挙げる度、古里・福岡県直方市の遠賀川河川敷で祝福の花火を上げた新谷嘉昭(しんたに・よしあき)さん(81)が29日、脳幹出血のため亡くなった。魁皇関の新入幕から約18年間、場所中は休まず河川敷に通った「伴走者」の訃報(ふほう)に、魁皇関も肩を落とした。後援会関係者は「通算勝利記録1045勝に並ぶまであと10勝。一緒に祝いたかった」と突然の死を悼んだ。
新谷さんは29日朝、自宅で倒れ、搬送先の病院で息を引き取った。
勝てば2発、勝ち越せば5発、優勝は10発。住民は、新谷さんの花火の音で魁皇関の活躍を知ることができた。打ち上げは、魁皇関が幕内に昇進した93年5月の夏場所から。仕事は自動車整備業だが、花火打ち上げの資格を持っていたため、後援会などから頼まれた。
年間90日の場所中は午後5時過ぎに軽トラックで河川敷に乗りつけた。初場所は寒さがこたえるが、土俵に上がり続ける魁皇関の姿に「魁皇が休まんのなら、休める仕事じゃない」と通いつめた。
祝砲の時は「直方におって、魁皇を嫌いな人はおらんから」と上機嫌。負けると「景気が悪い」とすぐ帰った。カド番をしのいで迎えた昨年11月の九州場所で12勝を挙げた魁皇関に「やっぱり勝つと景気がいいよ」と目を細めていた。
魁皇関は「故郷で新谷さんに上げていただいた花火にどれほどの勇気をもらったか計り知れない。ご恩返しのためにも、一番一番を大切に土俵を務め、精進していく」とのコメントを出した。
内藤博俊・後援会長は「寒い日も雨の日も本当によく続けてくれた。魁皇関のように、新谷さんも元気でいてほしかった」と惜しんだ。
葬儀は31日午後1時、福岡県直方市新町2の6の47の直方葬祭直方斎場。喪主は妻リツ子(りつこ)さん。
<毎日新聞より>
魁皇は地元でも愛されてるんですね・・・
18年間も花火が上がるんですから
1046勝することが新谷さんへの恩返しですね~
昨年名古屋場所中に引退した元小結海鵬(37)の谷川親方=本名熊谷涼至、青森県出身、八角部屋=の断髪式が29日、東京・両国国技館で行われ、約350人がまげにはさみを入れた。
最後に師匠の八角親方(元横綱北勝海)が大たぶさを切り落とした。式の間はハンカチで涙を拭っていた谷川親方だが、「相撲をやり切ったし、これからの方が長いから寂しさはあまりない」と晴れやかな表情だった。
引退後は部屋付き親方として指導しており、「最後まで諦めず、皆さんが喜んでくれるような相撲を取る子を育てたい」と決意を語った。
<時事通信より>
小柄ながら筋肉質な体はカッコ良かったッス!
親方について調べてみたら、以下の記載がありました
漁師の長男で、修道小学校 3年生の時に全校生徒が出場する祭りの相撲大会に出場したのを契機に相撲を始め、青森県立鰺ヶ沢高校や日本大学相撲部で活躍した。海鵬の名は父が所有する漁船「海鵬丸」に因んだ。
<大相撲 記録の玉手箱より>
なるほど・・・
青森県の鰺ヶ沢から日大相撲部
エリートだったんですね!
しかし、青森県出身の力士は多いね!
思いつくだけでも安美錦、高見盛、若の里、武州山、十文字、将司
青森ヤバイ!
今日は日中から飲みましたよ~
町田駅周辺を歩いてると、昼から営業してる居酒屋があるんですね~
普段何気なく歩いて見逃してましたが、看板をよく見ると午後5時まで生ビール300円!
ほ~う・・・安いね!
つ~訳で引き寄せられるようにフラフラと店内へ
値段が安いので、何も考えずにオーダーしてみました
お勘定してみたら4300円・・・
あまり安くないと思いレシートを見たら生ビール5杯、マグロの刺身、カニ味噌、白菜の浅漬け、ホタテとサザエの網焼き、海鮮丼、味噌汁
一人でこんだけ飲み食いしてこの金額ならば安いか!
でも最後の海鮮丼は食べきれなかった・・・
帰宅したのは夕方で、そのまま居眠り
気付いたらこの時間です
もったいない一日でした
こんな日もありますよね~
メルセデスGPは、所属するミハエル・シューマッハが乗り物酔いに苦しんでいたという報道を認めながらも、それだけが昨年のシューマッハが不振に陥った原因ではないとした。
シューマッハは、F1のチャンピオンに7度輝き、2006年に現役を引退。そして、2010年に現役復帰を果たしたものの、期待されていたような結果を残すことなく、チームメートのニコ・ロズベルグに獲得ポイント数で大差をつけられた。
シューマッハ不振の原因については、タイヤとの相性などさまざまな要因が指摘されていたが、オランダのウェブサイト『f1today.nl』は先日、あるメルセデスGP関係者のコメントを掲載した。
それによると、シューマッハは乗り物酔いのため、長時間シミュレーターを使うことができなかったという。これがレースへ向けた準備に影響し、サーキットに到着するころにはロズベルグがセットアップ作業のほとんどをシミュレーターで完了させていた一方、シューマッハはフリー走行1回目になってから「基本的なセットアップを始めていた」ということだ。
しかし、メルセデスGPは声明を発表。シューマッハがシミュレーターで乗り物酔いに苦しめられていたのは事実と認めつつも、それだけが不調の原因ではないとした。
「キャリアを通じて、ミハエルはシミュレーターで気分が悪くなることがあった。これにより、シミュレーターを使える時間が制限されてしまった」
「ミハエルとエンジニアは、シミュレーション作業を効率的なものにしたので、これによってミハエルが不利になったことはない」
その一方でメルセデスGPは、同チームのシミュレーターがライバルに匹敵するようなものではないことから、2010年はシューマッハのシミュレーターに関する問題がより大きなものになったとも認めている。
<Top Newsより>
年だな・・・
引退か!?