大相撲史上最多連勝は、「相撲の神様」と呼ばれる双葉山が昭和11年春場所7日目から14年春場所3日目までに記録した69連勝。その「聖域」に白鵬が近づき、ことし初場所14日目から九州場所初日までに63連勝を記録した。70年を超すときを経た2つの大記録の違いは何か、それを達成した2人の主役に共通点はあるのか…2回にわたって検証する。第1回は、双葉山と白鵬の連勝記録の価値の差について-。
■年2場所と6場所
双葉山時代と現在とでは、本場所の制度に違いがある。双葉山の69連勝当時は年2場所で、1場所の日数も11日か13日だった。一方の白鵬は年6場所で、1場所15日制での記録。双葉山が足かけ4年で築いた数字に、白鵬は約10カ月で迫った。白鵬はその価値の違いを実感し、こう言っている。「(双葉山が)4年かけたものを1年足らずで超えちゃいけない」と。
だが、年間90日間も土俵に上がることは、心技体の充実を持続する難しさもある。年間6度の本場所は隔月に行われるため間隔は短く、負傷や病気をした場合、回復に充てる時間は少ない。
1場所も15日間で当時と比べて長い。その昔、力士は「一年を二十日で暮らすいい男」といわれていた。江戸時代から本場所は年2場所、1場所10日制だったが、大正12年に力士の給与や福利面などの原資を捻出するために本場所を11日に伸ばしたときには、力士の間から「体がもたない。俺たちを殺す気か」などという声も挙がったほど。当時より長丁場の15日間の本場所は、肉体的にも激務であり、緊張を持続することも難しい。「土俵の鬼」と呼ばれた初代若乃花は10回の幕内優勝を記録しているが、15戦全勝は1度だけ。「15日間のうち気の抜ける日もある。だから全勝は難しい」と語っている。
■対戦相手の質に差
では、対戦相手の質はどうか。昭和7年、力士が相撲協会への待遇改善を求めて決起した「春秋園事件」が勃発し、幕内十両62人中、48人が協会を脱退した。力士層が薄くなり、当時十両だった双葉山らが繰り上げ入幕したが、数年後に大半が帰参した。有力力士で協会に戻らなかったのは元大関大ノ里、元関脇天竜ら少数で、双葉山が69連勝をスタートさせた11年には、陣容が回復していた。
一方、白鵬の63連勝の舞台となったことしは、2月に横綱朝青龍が不祥事の引責で引退し、6月に表面化した力士らの野球賭博問題では大関琴光喜が解雇された。双葉山の連勝を69で止めた安芸ノ海は体勢の低い相撲、大鵬の連勝を45で止めた戸田(のち羽黒岩)は押し相撲だったが、番狂わせの可能性が期待される低い相撲の豊ノ島や豪栄道、押し相撲の雅山は、野球賭博に関与したとして名古屋場所を謹慎し、番付を下げた。
双葉山は69連勝中に横綱戦で玉錦、男女ノ川、武蔵山から計9勝したのに対し、白鵬の63連勝中の横綱戦は朝青龍の最後の一番となった初場所千秋楽の1勝だけ。双葉山と白鵬の対戦相手の質の違いは否定できない。
■部屋ぐるみで研究
双葉山時代には、対戦相手が「打倒」の気概に燃えていた。当時は1、5月の本場所以外の時期は、長い期間をかけて一門や部屋単位で巡業していることが多く、部屋の対抗意識が強かった。看板力士の成績は、部屋や一門の浮沈に直結する。双葉山の所属する立浪部屋にライバル意識を燃やす“最大派閥”の出羽海部屋では、「これだけ関取がおって、だれか双葉をこかすやつはおらんのか」という出羽海親方(元小結両国)の嘆きを受けた力士たちが、けいこに励んだ。
早大出身の理論派、笠置山を中心に部屋ぐるみで「打倒双葉」の作戦会議を重ねたとされ、出された結論が「双葉の右足を狙え」。安芸ノ海の大金星は、左足での外掛けで双葉山の右足を刈って生まれたもので、まさに“作戦どおり”の結果といえた。安芸ノ海の勝利の翌日には両国、その翌日には鹿島洋と、出羽海一門の力士が相次いで殊勲の星を挙げた。
双葉山は、あらゆる手段でライバルから攻撃された。13年春場所9日目の双葉山-両国戦で、双葉山の寄り倒しに行司軍配が挙がった途端、控えにいた玉錦と男女ノ川が物言いをつけた。両国の体はバランスを失った「死に体」だったが、双葉山の右足も大きく土俵を踏み出していたというのが玉錦らの主張で、検査役(現在の勝負審判)の裁定で取り直しに決まったものの、玉錦は納得せず、30分近くの大物言いとなった(結局、取り直しで双葉山の勝ち)。
69連勝時ではないが、竜王山は1回目の仕切りで立つという奇襲攻撃を敢行して玉砕した。また、前田山は双葉山の顔面に“ケンカ張り手”を見舞って脳しんとうを起こさせ、白星をもぎ取った。玉錦は現役のまま二枚鑑札で二所ノ関部屋を率いていた。男女ノ川は佐渡ケ嶽部屋、竜王山は出羽海部屋、前田山は高砂部屋。いずれも、所属部屋のプライドを懸けて、双葉山を倒しにいったのだ。
■打倒の気概に違い
現在は、相撲協会全体の大合併で巡業を実施しており、一門制度は有名無実化している。協会の理事選挙でも一門から造反者が出ているのが現実で、部屋ぐるみで「打倒白鵬」に取り組む機運などはない。
現在は双葉山時代にはなかった個人用のビデオやパソコンが普及しており、部屋単位ではなく、力士個々で白鵬の弱点を研究しているケースは多い。だが、九州場所前に白鵬の宮城野部屋へ熱心に通って白鵬の胸を借りた力士はいなかった。「双葉山時代に比べ、相手力士に連勝を止めようという気概がない」と嘆く関係者は多い。
時代を隔てて生まれた2つの大記録の裏には、本場所制度、そして対戦相手の力量と気概の差があった。
<産経新聞より>
色んな見方があると思うけど、もっと素直に白鵬を称えてもよいと思うんだけど・・・