普通の関取とは違い、横綱は化粧廻しひとつ作るにも「三つ揃い」のものを用意しなければならない。自分が締めるものの他に、太刀持ち、露払い用と3本の化粧廻しが必要になるからだ。そのため早いうちから製作を依頼するケースが多い。
昭和24年五月場所、大関で2度目の優勝を飾った増位山も将来の横綱昇進を見越して、早々に三つ揃いの化粧廻しを用意した1人。ところが皮肉なことにそれ以後は怪我に泣き、それからわずか2場所後に無念の引退となってしまった。その瞬間、横綱昇進は夢と消え、三つ揃いの化粧廻しもお蔵入りとなった。
それから24年後の昭和49年7月、あの時の化粧廻しが日の目をみることになる。元増位山の三保ヶ関親方の愛弟子・北の湖が横綱に昇進、初の土俵入りを披露するため急遽三つ揃いの化粧廻しが必要になったからだ。愛弟子の横綱土俵入りを感無量の面持ちで見つめる三保ヶ関親方。引退の日から常に頭の片隅にあった悔しさもその瞬間にいっぺんに吹き飛んでしまったことだろう。
<goo大相撲 大相撲情報局より>
増位山は無念だろうね~
横綱って金がかかる・・・