土俵中央に引かれた2本の仕切り線は、昭和3年一月場所に制定された。それまでは両者頭を付け合って仕切ったり、二字口の付近まで下がって短距離走のスタートのごとく助走をつけて立ち上がるなんて力士もいたそうだが、仕切り線が登場してからは立ち合いの重要性がさらに増し、競技にも一層の奥深さが加わったことはいうまでもない。
制定当初は土俵に溝を掘り、石灰を流し込んでいたが、激しい勝負で石灰がはがれ溝に足が引っ掛かる力士が続出して取りやめ。代わってセメントを流し込んだがこれも効果がなかったそうで、最終的には土俵の土に直接、白いエナメルペンキで書き記すことに落ち着いて現在に至っている。1日の取組が終わるとすっかり剥げ落ちてしまうため、打ち出し後毎日、呼出しが書き直している。
仕切り線の間隔は、昭和3年の制定当初は60cmだったが、昭和45年五月場所から70cmに改められている。
<goo大相撲 大相撲情報局より>
エナメルペンキで書いてるですね・・・
しかも毎日呼出しさんが書き直してる・・・
分からない事だらけですなぁ~