嘉永7年(1853)、日本と国交を結ぶためペリー率いる黒船が浦賀に来航。その際、日本側からの贈答品として米200俵などがアメリカ使節に贈られた。米俵を船まで運ぶ役割を担ったのが大関・鏡岩、小柳をはじめ、階ヶ嶽、猪王山、常山、荒馬、雲龍…といった当時の花形力士25人である。
米俵200俵といってもそこは力自慢の力士たちである。次々に米俵を運び込み、あっという間に荷役を完了してしまったそうだ。なかでも圧巻だったのが、身長208cm、体重150kgの巨体を誇った白真弓。なにしろ1度に8俵の米俵を運んだそうだから、そのケタ外れの怪力は、さぞやアメリカ水兵の度肝を抜いたことだろう。
『ペルリ(ペリー)提督の日本遠征記』には「重い肉塊は一見あたかもかげろうのようであり、荷物は羽毛のようであった」と記されている。米俵を運ぶ力士たちの俊敏さと怪力ぶりが、掛け値なしに賞賛されているのがこの一文からも良くわかる。
<goo大相撲 大相撲情報局より>
ペリーの遠征記はちと大げさな感が・・・
でも体の大きさの割には早い動きにみえたのでしょうね~
さすが力士!