伝統とファンサービスの間で生み出された四色の房 | ねまっておぢゃっこのんでげ!(ゆっくり座ってお茶を飲んでいって下さいね~)

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 土俵を彩る四色の房が初お目見えしたのが今から50年以上前の昭和27年九月場所のことである。

それまでは神明造りの屋根を四本柱で支えていたのだが、柱に邪魔されて勝負が見えにくいというファンの声を尊重しての実施となった。



 四季の神をまつるとされる四本柱の色分けそのままに黒(玄武神、冬)、青(青竜神、春)朱(朱雀神、夏)、白(白虎神、秋)の房を吊り下げることで伝統を守り、館内どこからでも見やすくなった土俵はファンにも大好評。

せっかくだから当時の四横綱(羽黒山、照國、東富士、千代ノ山)それぞれが四方に向かって土俵入りをしてみてはどうか?という意見まで飛び出したそうだ。

その後、昭和28年五月場所からは立派な吊り屋根も完備され様式美もさらに充実、現在に至っている。



 四本柱の撤廃、吊り屋根、四色の房の登場は伝統とファンサービスの間で生み出された究極の折衷案だったといえるのだ。


<goo大相撲 大相撲情報局より>





つい最近までは、土俵上の屋根を支える柱があったんですね・・・



しかも約50年前までだから、つい最近の話



四色の房は、なにか伝統がありそうな荘厳なものですけどね・・・



やはり相撲は進化し続けてますね!