昭和30年代までの巡業はほとんどが一門系統別に行われていた。
各一門がそれぞれ独自の行程で全国各地を旅して回っていたのである。
横綱、大関など多くの人気力士を抱える一門は勧進元からの誘いも引っ張りだこで客の入りも良かったが、花形力士を抱えていない一門は汽車も通っていないような最果ての土地まで興行に行くという苦難の旅を続けた。
後の横綱・初代若乃花もそんな苦しい巡業を経験している力士の一人。
当時、若乃花が所属していた花籠部屋は小部屋中の小部屋。
看板力士は幕内に上がったばかりの若乃花ただ1人だったため呼び物というほどの取組も組めず、若乃花が若い衆に胸を貸す稽古を延々とお客さんに見せ続けていたそうだ。
その時の苦労によって強烈なハングリー精神を植え付けられた若乃花は、やがて横綱に昇進。
それ以降の巡業はどこも大入りとなったそうだ。
<goo大相撲 大相撲情報局より>
なるほど・・・
現代に復活させてみると面白いかもしれませんね!
効率は悪くなるかもしれませんが、強い力士を育てるには良いシステムだと思われます
地方の小さな公民館や児童館等で巡業を見れたら、相撲が身近なものになりますよね!
でも実際には無理かなぁ・・・
昔と違って土俵自体が少なくなってますからね・・・
土俵を作る呼び出しさんの負担は大変だしね・・・