深さんを抱き上げて、階段を降りようとした所に現れたのは、

デカい四駆から飛び降りる様にして駆け寄ってきた柴さんだった。

「お深っ!!」

血相を変えて駆け寄ってきて、「何があった?」と怖い顔で聞かれる。


「すみません、俺のせいなんです。俺が・・・殴ろうとした所に、深さんが止めに・・・」

「バカが!!おい、お深!!聞こえるか?お深!!」

俺から奪うように深さんを抱きかかえると、俺に車のカギを投げてよこす。

「一番近いのは国立病院だ。急げっ!!」

軽々と深さんを抱き上げ、後部座席に深さんを横たえる。

俺は言われた通りに柴さんの車を国立病院まで走らせる。

後部座席の足元にしゃがみ込み、深さんの足元にクッションを差し込んで足を高く上げ、

気を失った深さんを悲壮な顔で眺めている柴さんは、ただの知り合いには見えなかった。


 深さんを殴ってしまった右手が痛い。

もう、後悔の念しか浮かんでこない俺に、柴さんが低い声で話しかける。

「何故、飛び出して行った?」

「・・・すみません」

「君は昨日、大人しくしていると言っていたじゃないか?」

「・・・・・・」

「我儘を通すだけの土下座なら、しない方が良かったんじゃないのか?

お前は仲間に嘘をついて、自分の我儘を通しただけだ。

だから、お深が傷つく羽目になってしまった。

止められなかった俺も、約束守れなかった。

俺も、お前も、反省しなきゃな・・・」

後ろから運転する俺の肩に、手を置いて少し揺らす様な仕草で「俺も、お前も、」と言った柴さん。

お前だけじゃない、と分かりにくい優しさをくれる。

悔しくて、申し訳なくて、でも、今は泣いて良い所では無いから、

鼻の奥がキュウっと痛むのを、ハンドル握りしめて我慢する。


 国立病院には柴さんが連絡をしてくれたので、スムーズに入れた。

着くまでに待機していたイチ君に柴さんが連絡を入れて、中継役の京平さんに連絡が入り、

大地さんはこっちに向かっているとの事だった。

診察を終えて、ベッドに横たわる深さんを見て居られなくて、待合室のベンチに腰掛ける。

「軽い脳震盪と、過労だそうだ。

命に別状はないが、一応頭打ってるから明日検査するってさ。

今日は入院して、明日以降検査の結果次第ですぐに帰れるってよ」

診察結果を聞きに行った柴さんが、俺の前に立って、「良かったな」と目尻を下げて笑う。

「すみませんでした・・・。ありがとうございます」

「石田は署に連れて行ったし、あの長谷川とか言う女も、事情聴取があるだろう。

何も心配する事は無いよ、天膳君」

「・・・・・・」

「さっきは、きつい事を言って、すまなかったね。

お深の血を見たら、取り乱してしまって・・・悪かった。」

「いえ・・・言われて当然の事なんで、柴さんが謝る事では無いです。」

フワッと笑う柴さんは「真面目なんだな」と俺を茶化す様に言った。

「さて、俺は仕事に戻るよ。後輩に全部押し付けて来たから、戻らないと・・・」

ベンチから立ち上がった柴さんは、何かを見つけて止まった。

廊下の奥、視線の先には慌てて息を切らしている大地さんが居た。

大地さんは俺達に気付くと、早歩きでこちらに向かって来て、冷たい顔で一礼して通り過ぎる。


 大地さんのあんな顔、初めて見た。

怒る事自体が少ない大地さんだが、あんな冷たい蔑むような目は見た事が無い。

もう、俺に愛想を尽かしてしまったんだ・・・。

言って聞かせても言う事聞かないし、進歩が無い。

これじゃチンピラだった頃と変わって無い。

気に入らなければ殴って解決したんじゃ、俺はあの頃と変わって無いじゃないか・・・。

大好きな深さんを殴って、尊敬している大地さんにあんな目で見られて、

今度こそ本当に泣きそうになって俯いていると、

「俺、相変わらず嫌われてんなぁ・・・」

と、深さんの病室に入る大地さんの背中を見ながら、柴さんが頭を掻いた。

「・・・えっ?」

「あぁ、いや。こっちの話だよ。じゃあ、またな、天膳君」

意味深な言葉を残して、柴さんは病院を後にした。

入れ替わる様に京平さんが現れて、俺の隣に腰掛ける。

「深ちゃんは?」

「今、診察が終わって病室に。軽い脳震盪と・・・過労だそうです。大地さんが今・・・」

「あぁ、一緒に来たんだ。あいつ足はえーのな。追いつけなくって、置いてかれたんだよ。」

「・・・・・・」

笑えなかった。

「てーんーぜーんー?どうした?」

「俺のせいなんです。深さん殴ったの、俺なんです。俺、どうしたら・・・」

「あぁ、柴さんから大体の事は聞いてるよ。

わざとじゃないにしても、やっちまったもんは今更どうしようもねぇだろ?

誠心誠意、謝って、償うしかないだろう?」

「・・・はい」

「天膳?」

顔を上げると、大地さんが困った様な優しい顔で俺の前にしゃがみ込んでいた。

「大地さん・・・すみません。本当に、すみません。俺が、深さん殴ってしまいました!!

本当に・・・申し訳ございません!!」

殴った右手を握りしめて、頭を下げる。泣くのはルール違反、涙を必死で堪える。

「天膳、深は自分で突っ込んで行ったんだろう?君のせいではないよ。

深が、今、そう言ってた。守ってやったんだ、ありがとうって言わせろって、言ってたぞ?」

「・・・深さん」

「クタクタになって、ヘロヘロで、守ってやったって言ってるあいつも大概格好付かないけどな。

俺は天膳から「ありがとう」が聞きたい。それを、深に伝えるから、ありがとうって言っとけ」

双子を宥める時の様な、優しい大地さんの顔がいたたまれない。

弱い俺の心には、それが凄い甘い蜜の様に広がって行く。


「冴子の挑発に乗って、あいつの思うつぼになる所でした。

深さんが来てくれなかったら、一生冴子に責任取らされる所だったんです。

俺はそんな事、全く分かって無くて・・・本当にありがとうございました!!」

「うん、良し。それで良い。社長にはちゃんとそれを伝えておくよ。

お前はこれから倒れた社長の代わりに馬車馬の様に働いて貰う。

いいか?天膳。あいつが倒れたのは、何も殴られたからじゃねーんだ。

お前がライラのトコ行ってる間も、寝ずに仕事してた。

あいつはこの数日、ほとんど寝てねーんだよ。」

「・・・・・・」

知らなかった。俺はライラの事で頭が一杯で、周りが見えてなかった。


 大地さんは「ったく。人騒がせな奥さんだ・・・」と悪態をついて、社長の顔になった。

「負傷者が二名。ライラのトコにはりんごを行かせる様にする。

深はほっておいても大丈夫だ。一人でどうにでもなる。時々俺が様子見に来るから。

カメリアはお前に任す。仕事、遅らせるわけにはいかねーんだよ。

秋のコレクション、りんごは最後の大仕事だ。

社長と先輩の分も、お前に今出来る事をしっかりやんな。男だろ?やれるな?」

「全力で・・・やらせて頂きます」

「そう来なくっちゃね。深の顔見て来るか?」


 待合室に大地さんと京平さんを残して、俺は深さんの病室に入る。

横になったままゆっくりとこっちを見る深さんは、バツが悪そうに笑った。

「かっちょ悪いとこ見せて、すまねーな。天膳。ここへ、座って、顔見せて?」

左目の横に大きなガーゼを貼られているせいで、どうやら見えにくいらしい。

俺は枕元のパイプ椅子を深さんの右側の見える位置に持って来て座った。

「深さん・・・す・・・」

「謝れって、大地から言われたか?」

「・・・いえ、ありがとうございます」

「うん、どういたしまして。悪い事をしたと思うんなら、もう二度と女に暴力を振るわないと誓え。

男同士には必要な時もあるかもしれんが、男は生まれながら潜在的に女よりは強い。

それを武器に解決出来る事なんて、一つも無いんだ。分かるか?」

「はい・・・」

「なっさけない顔!!」

深さんはケタケタ笑う。

「良いか?天膳。あの子を恨むんじゃないよ。

お前があの時拳を振り上げたのは、あの子のせいじゃない。

自分に負けたせいだ。物事を起こしたあの子が原因では無いんだ。

起こった物事の中で、自分の感情に負けたせいだ。

現実から逃げ、あんたやライラのせいにして、

あの子は真実が見えなくなってしまっただろう?

きっと、ああなってしまう前に、導いてくれる誰かに出会えていたら違っていたはずだ。

可愛そうな子なんだ。誰だって間違えるし、弱いのだからネ・・・。」

「・・・はい」

白い布団の中から小さな手を出して俺の右手に乗せると、「痛むだろう?」と擦ってくれる。

暖かなその手はこの人が生きている事を教えてくれる。

ホッとして、我慢していたものは一気に溢れてしまう。

「泣くんじゃないよ、バカチンがっ!!」

楽しそうに笑う深さんの横で、俺は思いっきり泣いた。


 

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