日曜日の朝。

中継役の京平さんがやって来るのを待って、藤堂家を出る。

りんごさんは昨日の作戦会議の後、深さんと一緒にライラの所に行った。

トモナリ先生と交代しないと、明日からは先生も病院がある。


「天、置いてくよ!」

黒髪をリーゼントの様に上げて、黒いジレを羽織った深さんは訝しげな顔で俺を呼ぶ。

インポートものの派手なTシャツはストーンが付いていて、メンズライクな深さんに良く似合う。

「あ、今行きます!!」

スーツにしろと言われて着替えも中途半端なまま、アトリエを飛び出す。

「・・・お前ねぇ。こっちに来い」

はぶてた深さんが、手招きをする。

俺のよれた襟を正し、結びかけたネクタイを外して「要らん」と放り投げる。

シャツの第一ボタンを開けて、ジャケットの襟を少し立てる。

「こう言う時は相手に隙を見せるな。

心構えを中途半端にすると、付け込まれて負ける。

ライラの為にも、ビシッとしてな」

小さな深さんの手元からふんわりと花の香りが漂う。椿で作った特別な香水。

大地さんが毎年誕生日に贈る、世界に一つだけの「シン」と言う名の香水。

普段は付けないが、ショーの時や「特別」な時には必ず付けている。

左腕には深さんの手には少し大きい、アンティークの時計、薬指には記念日に送った結婚指輪。

普段の母ちゃんな深さんからは想像出来ない、

デザイナー藤堂 深を見ると、「あぁ、この人は女だな」と思う。

胸元には深さんが唯一気に入っているスタッドダイヤのネックレスが光っている。


 迎えに来たイチ君の車で駅前の喫茶店まで送って貰う。

イチ君はそのまま車で待機。柴さんは現地集合となっていた。

「あらかじめ相手の事を伝えておきますね」

静かに車を走らせながら、イチ君はこれから会う犯人の名前や素性を話してくれた。

「石田恵一、20歳。親は会社経営で、金持ちらしいです。

美大に入ったのはコネだとか言う噂もあるみたいですよ。」

「会社経営?」

深さんは窓に肘を付いて、助手席から運転しているイチ君を振り返る。

「えぇ、高木が言うにはレストラン経営で、親もあまり良い噂は聞かないそうです。」

「何であいつはそんな事まで知ってんだい?」

「大学で、本人を捕まえる前に女子をナンパしたみたいですね」

「・・・・・・」

顎がブラジルに行きそうだった。

どれだけのフェロモンがあったら、三十路男が即席で大学生をナンパ出来るのか。

「会社の名前は?」

「えーっと・・・確か、株式会社ミカクだったかな?」

「なーるほど?」

ニヤリと笑った深さんは何か知っている様な顔つきだ。

「知ってるんすか?深さん」

「ミカクを知らないのか?

老舗の料亭から店舗拡大したチェーン店で、デカくなった会社だよ。

多分、まだ爺さんが代表のはずだ。親はアホで有名だからな。」



 喫茶店の裏の駐車場には柴さんが既に到着していて、デカい四駆から降りて来た。

「悪いね、おっちゃん」

深さんは、片手を軽く上げて笑顔で悪びれも無く言う。

「もう、来てるのか?」

柴さんは今日も格好いい。グレーのストライプのスーツに、

真っ白な透かしのストライプのシャツを着ている。

無造作に結ばれた黒髪は渋い大人の男の色気を感じさせる。

「さぁ?取りあえず行ってみようか」

緊張して来て、上手く返事が出来ない。

コクコクと頷く俺に、「しっかりしな」と深さんは柔らかく笑って背中をポンポンと叩いた。


 店内に入ると、柴さんと深さんの異様なオーラに客がみんな振り返る。

一番奥の席に一人で座る若い男が俺達に気付いて、席を立って会釈をした。

「あ、どうも・・・石田です」

気の弱そうな、男だ。細くて、平凡で、まるであんなイカレタ事をしそうには無い。

どっかで見た事のある感じが離れずに、ずっと考えていた。

石田は柴さんの方を見て、握手を求めた。

一瞬、柴さんが対応に困って深さんを見る。

「こんにちわ、私、藤堂のマネージャーの柴と申します」

柴さんの横で、満面の笑みを浮かべた深さんが、何故そんなウソをついたのかは分からないが、

石田は柴さんを藤堂 深だと勘違いしている様だった。

美大に二年も通っていて、地元に住んで活動している一流のデザイナーの顔も知らないとは、

とんだアホだ。俺はハトが豆鉄砲を食らった気分を、無表情で隠す。

柴さんは「どうも・・・」と石田の求めて来た握手に軽く答えた。

「いやー、かっこいいですね。俺、びっくりしました。

デザイナーって言うかモデルかと思いましたよ!!」

一番奥の壁際に石田を座らせ、隣に柴さん、石田の向かいに深さん、深さんの隣に俺。

逃げられない様に、自然にそうなる様に誘導して座らせる。


「貴方の作品、斬新で面白いですね」

深さんはマネージャー役が気に入っているのか、石田の勘違いを楽しんでいるのか、

バリバリに「魔女」の顔になっている。

「いやぁ・・・それほどでも。僕なんて、まだまだですよ」

誉められてまんざらでは無さそうな石田が、頬を人差し指で掻く。

「何考えたら、アンナモノ描けるんですか?」

明らかに挑発している様な聞き方だ。

石田は鈍感なのか、本物のアホなのか、話の流れには全く気付いていない様子で、

「いやー、人の欲っつーか、なんつーか、やっぱ人間の根本は私欲ですよねぇ」

金持ちのボンボンらしいバカな回答だ。

「へぇ?深いお話ですね?」

「自分の絵には嘘つけませんからね」

完全に調子に乗っている石田を、深さんは挑発し続け、

柴さんは素知らぬ顔で珈琲を飲んでいる。

黙って聞いているだけで腹が立って、罵倒して殴り倒してやりたくなるのを、必死で堪える。


 ひとしきり饒舌になった石田の話を聞いた頃、深さんはライラの名前を口にした。

「栗山ライラをご存知ですか?」

「・・・え?あぁ・・・もちろん?」

石田は少し躊躇して、突然切り出されたライラの名前に過剰反応を見せた。

「こちらの藤堂先生も栗山ライラから、

多くのインスピレーションを感じていらっしゃるんですよ。

次期チーフのこの西宮も熱烈なファンでしてね。

石田君はどう思いますか?」

柴さんを藤堂先生と呼びながら、俺を自然に巻き込みながら、

マネージャー柴さんを演じている深さんは、実に楽しそうだ。

「あ、えぇ・・・凄い方だと思います・・・。」

口籠る様に、今度は自信なさ気になって行く石田は、変な汗をかき始めていた。

「あ、いやいや、正直におっしゃって下さって構いませんよ。

感性は自由だし、個性を先生はお求めですから?」

「ぼ、僕は・・・あの人の人間性に疑問を感じます。

あ、作品は凄いと思うんですけど・・・何と言うか、噂が凄いじゃないですか?」

柴さんを横目で気にしながら、そんなに気が強そうでも無いのに、

それでもライラをなじろうとする。

「噂?」

ちょっと、深さんの声のトーンが落ちた。

「あ、はい。男性遍歴がす、すごいらしくて、人のモノばかり手を付けるとか。

僕の知り合いの女性も恋人を寝取られたとか、

どんなに名声があっても、人として疑問です・・・」

「なるほど。じゃあ、貴方のおっしゃる私欲とは?人間の根本なのでしょう?」

「欲はあっても、もっと美しくあるべきだと・・・」

「それは、欲を満たす事をあえて罪と感じるべきだという事ですか?」

哲学オタクの深さんに、この手の話で勝てるわけがない。

段々と口が開かなくなっていく石田は、気味の悪い薄笑いを浮かべて、

「よ、欲を満たすための方法が、美しくないと思うのですよ。

もっと狡猾に、気付かれない様にスマートでなければ芸術として完成しません」


 イカレテやがる。

ばれなければ何しても良いっつってんのか?この男は。

ばれないように欲しいモノを手に入れてこそ、芸術だと?


深さんは、持って来たカバンの中からイチ君たちが回収して来た

ビニールに入った白い紙を取り出してテーブルの上に差し出した。


「じゃあ、これはばれちゃったから、芸術としては完成しませんね?」


深さんのその一言で、場が凍りついた。

驚きに目を閉じる事さえ出来ない石田は、唇が小刻みに震えている。

「こ、これは・・・何でしょう?僕には何のことかさっぱり・・・」

しらばっくれるには演技が下手過ぎてお話にならない。

「あぁ、芸術家の方は崇高すぎて失敗は認められませんか?」

クスクスと咽喉の奥で笑う深さんが、本物の魔女に見えて来た。

「し、知らない!!僕は何も・・・先生、このマネージャー何なんですか!?」

柴さんに助けを求める様に、椅子から立ち上がって深さんを指さす。

「お前が指してるのが、デザイナー藤堂 深だが?俺はタダの刑事だ」

腕を組んだまま蔑むような目で、石田を睨んだ柴さんは、いつもの柔らかい顔ではない。

この人、怖い人なんだと、初めて思った。

「・・・な、何だって?」

唖然として深さんを見た石田は言葉を失くして、椅子にへたり込んだ。

「認められないなら、その時の事を一緒に確認するかい?

此処に証拠の画像と、動画が残ってる。何ならドアップで見せてあげようか?」

携帯片手に椅子にもたれかかり、煙草をふかした深さんは、

もう笑って無かった。

「ち、違うんだ・・・違うんだよ。俺は悪くない。あの人が、泣くから・・・。

あの人の為に、あの人が、栗山ライラが邪魔だって言うから俺は・・・」

「やっぱりね。あんた、長谷川 冴子の知り合いだろ?」



 深さんが何を言ったのか、一瞬聞き取れなかった。

冴子って言ったのか?こいつと、冴子が、どんな関係があるって?

俺は、その席で初めて言葉を発した。


「・・・冴子が、何だって?」

「あの人が、泣くんだ・・・。俺はあの人が好きだから、何とかしてあげたいのに、

あの人は誰かの事をずっと想ってて、栗山にそいつを寝取られたって・・・。

あんな女に騙された彼が可哀想だって、泣くんだ。でも、あの人は優しいから、許すって。

彼を咎めない代わりに、その女を苦しめて欲しいって。

そしたら、そいつを忘れて俺と付き合うって言ってくれた」

「そんな・・・バカな・・・そんな話あるかよ?俺のせいかよ?」

俺は、こいつの言っている意味が半分くらい理解できないでいた。

ただ、俺のせいでライラがあんな目にあった事は、理解できていた。

「天膳、落ち着け」

「お、落ち着いて居られますか!?俺のせいで、ライラはあんな目に・・・!!」

「座るんだ、天」

興奮して、立ち上がった俺の手を引っ張る深さんは、優しい顔をしていた。

「あんたが冴子さんを、苦しめたからいけないんだぞ!!

冴子さんをちゃんと大事にしてやらないから、俺があんな事する羽目になったんだ!!

僕はあんたの代わりに冴子さんを守ってやっただけだ!!」

わけの分からない事をほざく石田に、深さんが「うるさい子だね」と低い声でぼやく様に言う。

「ははっ!!今頃、栗山は持病のパニック起こしておかしくなってる頃だろ?

冴子さんは栗山の事殺しても良いからって言ってたし?

満足して、これからは俺の事を愛してくれるよ。あの人は、この俺を愛してくれる!!」


 

 たまらなくなって、テーブルを拳骨で叩き上げると、石田は「ひっ!!」と情けない声を上げた。

俺は石田を睨みつけて、コントロール出来なくなった感情のままに冴子の所へ走り出した。

許せるはずが無かった。

背中越しに「天膳!!」と言う深さんの声が聞こえた気がしたが、

走り出した足は止められなかった。




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