長い階段を上って‥辿り着きました・・

豊かな風と・・大樹さんが聳え立って・・最高でっす・・ラブ

 

 

調べてみましょう・・

 

御祭神 日本武尊・倉稲魂命・草薙御剣

 

由緒
尾張熱田神宮の分霊を天暦8年(954)に奉斎したと伝えられている。
神殿、拝殿は天保10年(1839)焼失し、弘化3年(1846)再建されている。鳥居の額束は、「熱田宮」で、石華表に貞享2年(1685)建立とされ、地元89名の氏名と、辛上村中、鳥の隈村中、諫里村中と記してある。
村中に一つの小さな丘があり楓の大樹が覆っていた。紅葉時には燃えるような美しさであったという。村に善太郎という者がいて、この楓が作物の妨げをするというので伐ろうとすると、斧が飛び、大雨、雷が轟き、大洪水が起こった。村人は大いに恐れ、この丘に祠をたて、紅葉の燃える韻をとり「揉権現」と称えたという。
永禄7年(1564)に害虫が発生し、作物を害し、さらに疫病が大流行し人馬が次々に亡くなるなど大凶の兆しを示していた。領主江上氏は、神職に命じ虫除けの祈願を行わせたところ、災厄は去り豊作を迎えることができた。その後、「揉」を「籾」に改め「籾権現」としたと伝えられている。
神社敷地は、人工的に盛った古墳と思われる。縞模様の地層が見られ、戦時中に防空壕を掘った際に、鏡、須恵器が出土している。大塚ヶ里地区の小路に「籾の塚」の地名があるが、これは、土を盛った「盛りの塚」、塚を守る「守の塚」からきたと伝えられている。
境内由緒書き より。

神社全景

 

 

 

 

 

随神門の龍様・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ‥お屋根を平行に意識しましたけど・・汗 笑

 

 

 

 

 

           籾神社様は・・大好きな神社さま・・

 

 

 

     樹木さんも風も‥最高です・・ 大きくて移動できなかったけど・

 

 

 

        是非‥あの・・ゆったりと天へ向かう大樹さんを・・

 

 

 

             見つめてあげてください・・

 

 

 

                 最高・・・・ラブ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下には・・純白の水仙が咲いていましたよん・・ラブラブ

 

 

 

 

 

 

     今は亡き‥お習字仲間の友人も・・近くに‥眠っています・・

 

 

 

 

           どうぞ‥安らかにね・・照れ

 

 

 

                忘れないよ・・

 

 

 

                  合掌・・・