今日は・・何やら・・

 

有名なお方の・・最期の言葉‥って言うのがあってましたなああ・・照れ

 

 

 

野口英世さんは・・囲炉裏に落ち・・片手が開かず・・

 

小学校位の頃でしょうか・・手術をなさって・・指が動くようになられてから・・

 

独学?で医者を目指されたとか・・

 

 

 

その後・・黄熱病の研究で海外に渡り・・

 

途中・・自分も病気にかかり・・2週間くらいで・・退院なさったらしい・・

 

病気の間・・採血したものを・・動物に打ってみたら・・

 

動物には・・黄熱病の症状が現れたとか・・

 

 

 

それで・・

 

彼は・・自分には黄熱病の免疫ができた・・と考えて・・

 

普段でさえも・・昼夜厭わず研究していらしたものの・・

 

更に・・拍車をかけて研究に夢中に・・メラメラ

 

 

 

しかしながら・・

 

彼は再び・・黄熱病に罹って亡くなられてしまうう・・

 

 

 

最期の言葉は・・自分にはわからない・・と・・

 

 

 

他には・・マリーアントワネットさんも・・照れ

 

フランスの・・ルイ16世に嫁がれて・・

 

華やかで・・贅沢な生活をされていた・・と有名ですけど・・

 

 

 

実は敵国であった・・オーストリアから・・

 

国交のため・・結婚なさったみたいで・・

 

宮廷の中では・・敵視する皆様から・・ゴシップ話が・・

 

 

 

そんな孤独な自分に・・

 

子供が4人生まれて・・やがて・・2人は亡くなってしまうう・・

 

市民の反感をも買って・・最期は・・反乱があり・・

 

彼女も・・打ち首になってしまわれるのですけど・・汗

 

 

 

実際のところは・・

 

普通の宮廷の方達よりも・・10分の1くらいしか・・

 

贅沢はされていなかったとか・・

 

 

 

二人の子供たちと引き離されて・・・

 

最期の言葉は・・すでに涙さえも枯れてしまった・・

 

さようなら・・さようなら・・と・・・

 

 

 

また・・他には・・

 

恵まれた伯爵家に育ったトルストイは・・

 

幼いうちから・・母親に・・父親に・・後見人にと・・

 

早くに死に別れて・・結局は叔母さまのもとで育つ・・

 

 

 

勉強の方はあまり上手くいかず・・

 

軍に2度志願し・・戦争と言う現実に遭遇し・・作品も書き・・

 

非暴力主義を主張・・・

 

後に学校も建て・・農民の教育にも・・

 

 

 

子供は・・9男3女・・多くの子供がいながら・・

 

晩年のトルストイは印税や地代の受け取りを拒否しようとしたほか、

 

著作権その他の遺産を「ロシア国民に移譲する」とする遺言状を作成しようとしてい

 

た)とか・・

 

 

 

家族の反対から・・

 

82歳で・・人間は何もかも捨てて孤独や静寂を味あわねばならない・・と家出

 

途中・・風邪をひき肺炎になって亡くなったと・・

 

 

 

彼の最期の言葉は・・私は・・真実を愛する・・だったとか・・ドキドキ

 

 

 

財産も有り・・裕福な中・・

 

兵を志願し・・現実にある戦争を・・目の当たりにしたことが・・

 

彼の人生を・・大きく変えていったのでしょう・・

 

 

 

また・・ロシアの出身・・

 

暴力を拒否し・・全ての人々の幸せも願っていらしたのですなああ・・

 

なんと・・玄孫さんは・・プーチン大統領の顧問でいらっしゃったとか・・・滝汗

 

これは・・本音は語れないでしょうね・・・・・・汗

 

 

 

 

 

    最後に・・初代林家三平さん・・・

 

 

  亡くなる前に・・看護婦さんが名前を聞かれた時・・・

 

 

 

           加山雄三です・・と答えられたそう・・笑