館報南相木1985年9月30日号」の、
123便のルート図には、大滝村から
三国山(1840m)の北から群馬県の、
上野村に飛行した事になっています。

墜落現場に飛行コースが、真っ直ぐに

伸び、墜落現場の直ぐ北側に、扇平山
(1704m)が書かれています。



南相木村の国有林からその終点が
道として、書かれていますが、終点
から墜落現場迄の間が、自衛隊が、
通って出来た道の記載がなされてます。

地元の方が作っている広報誌の地図で、
一般に報道はされて無い物です。

長野県側の南相木小学校の、グランドに
公式記録に無い、自衛隊の部隊が集結し
ているのを目撃したと主張される人物が、
居りますが、館報南相木の、内容はこの
点の理解を深めます。

南相木村小学校 21:00
陸上自衛隊宇都宮駐屯地第十二特科連隊
(第12師団隷下の野戦特科部隊)
特別に野戦に秀でた部隊が何故?
広いグラウンド内には運動会用の
テントが立ち並び対策本部設置
南相木小学校から墜落現場
までは直線距離にして14.7km

御座山から湧き出した源流の栗生川
(南相木ダムは後に出来る)で、123
便が、ピカピカと2度光った件と、
関連性があるようです。

奇しくも御座山が墜落現場に出て来て
居り、第四エンジンの破片の回収は、
容易になったと思われます。