当初は、F-4EJのスクランブル
を認めて居りました。

18:25スコーク77の受信

18:25 空自峯岡山基地(千葉•丸山町)
第44警戒群が、123便のスコーク77
を受信し、百里基地よりF-4EJを直ぐ
に発進させたが、JAL123便を探し出
せ 無かったとしていました。

19:01の出動した機体は、RF-4E偵察機。

19:01

百里基地司令官が、

RF-4E偵察機を出動させています。

「ファントム偵察機が発進した」

元自衛隊員町田 英夫氏の証言。

 

バランスを失い背面状態になった侭、胴体の
上部(客室天井)で、山肌を削り抉り、U字溝
を尾根に残してます。 



その尾根の手前で、垂直尾翼の大半を破損さ
ました。 U字溝の尾根の手前に垂直尾翼の破
片が散乱して居ります。 先遣部隊として翌朝7
時54分に基地を発進した習志野第1空挺団の73
名は、現場に8時49分リベリング降下を開始し
9時54分降下を完了し、U字溝の尾根の付近で
纏まって発見された垂直尾翼の「破断部」の捜
索と回収を徹底して、完了させました。

U字溝の様子


墜落地点に向けてダイブした直後... 機首30° 速
度125ノット(230Km/h) 垂直加速度 1.8G記
録終了した後、

スゲノ沢第4支流に、差し掛かった際、爆薬
を詰めた低速標的機が、北東から貨物室ぶつ
かり、命中し、大爆発。 

大爆発を起こし、機首45° 迄上げ、 真っ逆様
に落下します。 水平尾翼が500m先の北北東
に迄、 吹き飛ばされてます。  

45度位の角度で落ちた。真っ赤な爆発、黒い
煙があがった  「日航ジャンボ機墜落」

 頭部のない、背広を着た上半身のみの遺体。
首のあたりに纏って居る皮を、医師と警察官
が引っ張りながら伸ばしていくと、男性の顔
であった。 この男性の乗客はシートベルトを
していた筈ですが、下半身が無くなり、然し
て頭部が無くなっているのは、客室の下で上
方向に作用した大きな爆発があって、その爆
発の影響を直接受けたので、下半身が消滅し
て仕舞い、更に、一瞬の事ですが、床ごと天
井に叩き付けられたので、頭部が首の辺りに
減り込んで仕舞った。

飯塚 訓氏著『墜落遺体』109ページに
 遺体の惨状記載。

分析すると遺体の惨状がどうして出来たのかが
理解出来ます。 尚、火災の影響で下半身が消
滅したと言うのならば、この方の背広は燃えて
仕舞って残って無い筈です。  一方で機体後方
部の客室の床は、爆心付近の客室の床が押し上
げられた反動で、逆に客室の下の機械室の付近
の領域に落ち込んだと思われるそうです。

後方だけ、飛行中の角度(40°)を、維持 して
真逆様で、スゲノ沢の斜面に生えた 樹木を薙ぎ
倒し、クッションになり 軟着陸します。 

18:57 現在の長野県東御市*にいたK氏が上空
を長野県上野村から新潟方向に飛ぶ自衛隊の、
ジェット機を目撃。 

*2004年4月小県郡東部町・北佐久郡北御牧村
が合併して発足。2016年春、独立系メディア E-
wave Tokyo によるKさんへの独占インタビュー
実施した証言。

18:50 乙父神社上空周回開始したB707-RC135(T) 
は123便をリモートコントロールし、F-4EJが5分
後にJAL123の墜落撹乱の為、 一度埼玉方向に向け
て離脱 します。

18:57 横田管制は123便に「貴機は横田の北西35
マイル (56 km) 地点におり、横田基地に最優先
で着陸できる」 東京ACCも123便に横田基地に、
周波数を変更するよう求めたが、既に123便は墜落
していた。  三国峠から東北東12.3kmの両神山付近
になります。 

123便のトランスポンダーを入れて撹乱
を試みたのでしょう。