さてさて…………………
【後朱雀天皇 圓乗寺陵】
【後冷泉天皇 圓乗寺陵】
【後三条天皇 圓乗寺陵】
の参拝を済ませたココロ。
再び【後朱雀天皇皇后禎子(ていし)内親王 圓乗寺東陵】に戻ると、その奥に次なる目的地である「天皇陵」への入口がある
きちんと整備された石段の参道がある
あれっ
以外と参道が長いなあ
『宮』
宮内庁の意味かな
あれっ
まだまだ登ります………………
ハアハア
ちなみに誰一人として、人は居ない。
薄く見える目的地の石標
やっと見えてきたぞーーーーーーっ
もう少しだ
さすがに景観も良い
無事に到着したのは…………………
【一条天皇 圓融寺北陵】
【堀河天皇 後圓教寺陵】
ココロの天皇陵参拝107、108陵となる
【一条天皇(いちじょうてんのう)】
980年ー1011年
日本の第66代天皇。
円融天皇の第一皇子。
母は藤原詮子(藤原兼家娘)。兄弟姉妹はおらず、従兄弟に前帝花山天皇と次帝三条天皇がいる。
1079年ー1107年
日本の第73代天皇。
白河天皇の第三皇子。母は藤原師実の養女で白河中宮の賢子。准母は同母姉の媞子内親王(郁芳門院)。
堀河天皇は「未代の賢王」と評される賢帝として知られた。関白藤原師通との提携による朝政にも熱心に取り組み『天が下治まりて、民安く世のどかなり』といわれた。
しかし、白河院の政務への関与が再び強まると、天皇の興味は趣味の世界へと移っていった
叔母にあたる中宮篤子内親王の薫陶を受け、学問・和歌・管弦に才能を発揮して廷臣らに慕われたが、生来病弱で、在位のまま宝算29で崩御した。
ここで腰を降ろして、水分補給
良い景観に、心が和む
いい天気やし
同じ石段の参道をてくてく降りて、ココロは【龍安寺】を後にし、次の目的地を目指した……………