さてさて………………


【勝龍寺(しょうりゅうじ)】を出発し、ココロは次の目的地に到着した…………………ランニングアセアセダッシュ


乙訓景観十景」にも選ばれている場所。


【勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)跡】
京都府長岡京市勝龍寺13−1


その城の特徴は…………………


■「山崎の戦いカブトナイフ」に敗れた明智光秀が"最後の夜"を過ごした場所

明智光秀の娘・玉(ガラシャ)が幸せな新婚生活を過ごした場所


【勝龍寺城】は、南北朝時代から江戸時代初期にかけての日本の城。城名は付近の同名古刹【勝龍寺】に由来する。

【安土城】に先行する「瓦・石垣・天守」を備えた近世城郭の原点として評価される。


【明智光秀(あけちみつひで)】


【細川ガラシャ】


天正6年(1578年)8月、細川藤孝の嫡男忠興明智光秀の娘お玉(細川ガラシャ)が【勝龍寺城】で結婚式ウエディングドレス結婚指輪を挙げ、新婚時代を過ごしたとされている。

丹後へ移封されるまでの間に、ふたりの子宝にっこりにっこりに恵まれたお祝い


【本丸跡】
本丸および沼田丸跡が平成4年(1992年)に【勝龍寺城公園】として整備され、模擬櫓などが建造された。


往時の遺構としては、【北門】に当時の石垣の一部が残るのみとなっている。


令和元年(2019年)11月に展示室や園内看板などが新装された。


展示室には、【勝龍寺城】にゆかりの細川藤孝(幽斎)忠興(三斎)玉(ガラシャ)明智光秀ら4人の人物に焦点を当てたパネル展示や映像の他に、瓦や一石五輪塔などの出土遺品を展示している。


ますば、展示室で勉強だ鉛筆上差しウインク


続く……………………。