私はクリスチャンです。母がクリスチャンだったので教会に通うのは当たり前の事でした。
キリスト教の神様は 子どもの私には愛の神というより十戒が強烈で怖い!というイメージでした。いい子 いい人間にならないと地獄に堕ちると思っていました。
心身症になってからは教会から離れました。が、キリスト教は私の軸にありました。神様から目を背けている事に後ろめたさを感じていました。
25歳位の時、いろんな事があり、海にしばらく居たい!とバリ島に放浪の旅に出ました。
バリは神の宿る島といいますがホントにそうで、毎朝毎晩 祈りの時間があるし、至る所に神社があります。生活の中にいつも神さまが共にいるみたいな感じでした。お葬式は喜びのお祭りです。お葬式の費用を生きている時 貯めて待ち望んでいる。死んだらおみこしにのせて村中回って喜ぶのです。神の元に帰るのだから!
そのお祭り(お葬式)に遭遇できました。その死生観に呆然としました。
その時、イエスキリストを信じ、洗礼を受けないと救われない。天国に行けないというキリスト教の教えを思い出し、この人達 クリスチャンじゃないからってみんな天国に行けないわけ?と思ったのです。
バリの神様はいろんな神様がいてその中にキリストも入っている事も知りました。。
神さまって何?宗教って何?
神さまは光 エネルギー体で、それを複数の人間がいろんな風に解釈し いろんな神さまがいるだけ。根源の神というのは1つの光なのでは?とその頃 思いましたが、深く考えるのは避けていました。
それから何年か後、また私は教会に通うようになりクリスチャン生活を送ってきました。(今も)
でもやっぱり キリスト教の疑問はずっと抱えていました。クリスチャンでないと救われないとか、洗礼受けないと、、とか儀式的で腑に落ちない気持ちでした。
三位一体もよくわからない。神とイエスキリストと聖霊は同格で三つで一つ。???
イエスキリストは神なのになぜ神様を父よ!と言うのか?訳分からない。。
牧師に聞いても説明できない。と神の領域だと。
深く考えるな。と言われ 深く考えないようにしました。が、、宇宙に目覚めはじめて分かっちゃったのです。
私が感じてた通り 神様はエネルギー体 グレートセントラルサン
そのエネルギーは光を四方八方放ち その1つの光の先に
人間も宇宙人もこの世にある全ての物がある。
だから全ての物には神が宿っている。
私の中に神がいる!
神様は神々しく 特別な存在で すごく遠くにあって
畏れ多く 近寄り難い。と感じていたけど そうではない。神さまは私と一体!!
イエスキリストはすごーい高次元の神に近い ほぼ神と同一の存在なのかな(クリスチャンなので)と思う。
でもちゃんと聖書にこれらの事書いてあるのです。
キリストは光である。と。
天使も聖書に出てくるし、サタンと悪霊も出てくるし
黙示録なんて オカルトの世界。
そういうのは結構スルーされてる。
聖書は宇宙理論を言葉にしてる!と感じます。
それを人間が宗教にして 人間の解釈で理論付けし
人間が説法するからズレてきたりするのでは?
変な牧師いろいろいるし、、
聖書を書いたのも聖霊に導かれて書いたとしても人間です、、
初めに言葉があった。
言葉は神であった。
(全てのものは神の意識=言葉によって作られている)
この言葉は神である。というのもわからなかった。
でも宇宙の法則が見えてきて わかってきた。
カタカムナ 縄文時代前の日本人の祖先は
既に宇宙理論 法則を知っていてそれを文字 言葉にしています。
言霊についてはまた書こうと思います。