今日も自分を支えてくれてる全ての人、全ての出愛いに感謝です




童謡「しゃぼん玉」知ってますか?




「しゃぼん玉」作詞 野口雨情 作曲 中山晋平


しゃぼん玉とんだ
屋根までとんだ
屋根までとんで
こはれて消えた



しゃぼん玉消えた
とばずに消えた
うまれてすぐに
こはれて消えた


風風吹くな
しゃぼん玉とばそ




知ってますよね?
子供の頃よく歌ってましたよね。



これができるまでの背景知ってますか?







作詞をされた野口雨情さんは童謡を作りながら旅をされてる時にお子様を亡くしたそうです


生まれてすぐの事だったそうです。




子供の死を知らされた野口さんは


泣きじゃくり、荒れた心で町を走りまくったそうです。



『花は咲き、枯れちってもまた咲く、
花の命はいつまでも続くのに人の命は一度消えたら戻ってこない』



花を見ながらそう想ってたみたいです。



ところがある日
ふと思ったそうです




『いや、人の命も花と同じで続いているのかも‥‥



我が子の命も、肉体から離れてしまったが、違うところで生きているのかもしれない‥‥


いや、きっとそうだろう』



そんな思いからこの唄が生まれたそうです。



二番の歌詞

しゃぼん玉消えた
とばずに消えた
うまれてすぐに
こはれて消えた


これは生まれてすぐに亡くなった子供の事を唄にしてるんです。


辛い事にも
悲しい事にも
くよくよせずに前を向いて生きていこう


そんな意味が込められている。



何気なく歌ってた歌にこんな思いが込められてたなんて知らなかった。



全ての物に意味がある。

作詞家の想い、込められた意味を感じる事によって、新たな出愛いがあり、幸せを導くきっかけになるかもしれない。



全ての事から学びたい。
学ぶ心さえ、持っていればどんな事からでも学べる。

常に上を目指すために
今日もまた色んな出会いの意味と価値に感謝





コピーライターのひすいこたろうさんの話です。



――――――
最近ね、衝撃的な言葉に出会ったんです。


それは


「1億年後の地球……」



ある尊敬する人から言われて
大変衝撃を受けた言葉。






「一億年後の地球から見たら、どんな結果を叩きだそうが全く関係ない」










誤解を招きかねないニュアンスを含んでいるとは思いますが、僕にとっては救いの言葉でした。




結果を出すことに向きがちな意識を
『いま、ここ』というニュートラルに戻してくれました。







「一億年後の地球から見たら、どんな結果を叩きだそうが全く関係ない」




僕はむしろこの言葉に希望を感じました。



昨日ではない。
明日でもない。
今日を生きることが全て。


雑念が消えました。



朝めでたく目が覚めたなら今日やることをせいいっぱいやるのみ。




今日は今日を生きる。



「人」が「生」きる。
それが人生なんだもん。


シンプルなんです。


―――――――――



悩んでいる事や不安が一瞬にして、なくなる言葉ですね



今までの過去にこだわらず、もっともっとひたすら、上を目指して行くべきだ。


今の自分に満足な所なんてない。沢山やるべきことがある。


ここで立ち止まるわけには行かない。



挑戦する事にこそ意義がある。


そのために今を生きているんだ。
今日もまた多くの出会いに感謝


なんかこないだ色々やってたらいい詩と文みつけた!!






『自戒』


つらいことが多いのは
感謝をしらないからだ

苦しいことが多いのは
自分に甘えがあるからだ

悲しいことが多いのは
自分のことしか分からないからだ

心配することが多いのは
今をけんめいに生きてないからだ

行きづまりが多いのは
自分が裸になれないからだ




人間の苦しみの原因として「人との比較」があります。

体の障害があっても心の障害者になってはならない。

障害はその人間の個性である。体の障害はありのままに素直に受け止め、世の中のために笑顔ひとつでも人にさしあげることができるならば、そのままで立派な生き方なのです。


一日十人の人に笑顔をさしあげるだけで、運命は変わっていくのです。

誰も見ていないんじゃない。見ていなくても、見ていないところで何ができるかということが人格をつくる。
苦しいかもしれないが、見ていないところで自分を鍛えること、自分を磨くことが大事なのです。


だってパー



つらいこととか苦しいこと、悲しいこと、心配すること、行き詰まり、いっぱいあるけどこれらの原因は全て自分の中にあるんだなって思った


もっと人の気持ちがわかるような人になれるように頑張ろ