我が国にイスラム国のテロを糾弾する資格はあるのか?
イスラム国の出現は、アメリカの横暴の結果、というのは周知の事実である。
にも関わらず、その根本を作ったアメリカが、イスラム国のテロリズムを糾弾するというのは、なんとも幼稚的に思えてならない。
しかしもっと幼稚で滑稽なのは、そのアメリカに追従し、「イスラム国は、テロは悪だ!」とろくずっぽ考えもせずに、糾弾している我が国のマスメディア(国民も含め)だ。
また、野党第一党である民主党は、「民主主義を守れ!」などと小児的病に冒されているようで、もはや救いようがない状態に陥っている。
そもそも、民主主義というのは、全体主義と表裏一体である。
ナチズムやファシズムも、元はと言えば過剰な民主主義によって生まれたものでもあるし、経済においても、過剰な資本主義の台頭によって計画経済(共産主義)が生まれたともいえる。
要するに、アメリカの民主主義の押し付けは、裏を返せば、アメリカの国益(過剰な資本主義)そのものであり、その反発(裏面)の結果が、イスラム原理主義という全体主義とナショナリズムであると考えれば、昨今起きている現状は、至極自然な現象といえるのだ。
にも関わらず、多くの国民やメディアは、民主化を礼賛し、一方でイスラム国のテロを悪であると決めつけているわけだから、その考えこそ全体主義そのものではないか、と笑い出したくなる。
きっとイスラム国の人間からしてみれば、アメリカ(及び追従する国家)こそがテロリストであり、アメリカこそが現状破壊者(左翼)であると思っているに違いない。
もちろん、拙者はテロリズムを肯定しているわけではない。
しかし、それらが表裏一体となっている以上、過剰な資本主義(グローバリズム)や過剰な民主主義を抑制しない限り、根本的解決にはならない、と言っているのである。
民主主義とはなにか、資本主義とはなにか、今一度、我が国民は考えるべきではないだろうか。