自由と民主主義が何なのか分からない小児的日本人 | ひより

自由と民主主義が何なのか分からない小児的日本人


民主主義ってそもそもなんだ?
と言えば、国民主権とも言い換えられるわけだが、そもそも主権というのは、維持、管理していく必要性があり、


主権を有するということは、それらの義務も有するということに他ならないわけだ。




しかし我が国日本の国民はと言えば、主権は叫ぶもののの、その管理、維持には、無関心どころか、ほぼ放棄していると言っても過言ではないように思える。



まず、維持管理というのは、安全保障である。



食料、エネルギー、災害、国防など、国民の命に関わることに着手しなければならないわけで、それ抜きに主権は語れない。(君主制なら、君主がその義務を負うのだけど)




しかし現状はどうか?農協は解体せよ!TPPは賛成!原発は反対!安保は反対!



義務を果たすどころか、それらを果たすことを忌み嫌っているとしか思えないのがこの国の大衆の現状である。




要するに、美味い汁は吸うが、それによって生じた不味い汁は、誰かが吸ってくれると思っている(もしくは無意識に)わけだ。



これを小児的と言わずして、なんと表現できるだろうか。



そもそも国民主権というのは、必ず国防の義務と対であるし、自由は、放縦と抑圧とのバランスにおいてのみ、秩序と言う形の中で現れるものだ。


しかし、残念ながらこのような良識は、今の日本国民には感じ取ることができない。



そんな日本人による民主主義は、自ずと【最悪を避ける】ということにならざるを得ないのだが、これもまた、ある種の妄想によって、【最善を選べる】と勘違いしてしまっている。




大阪の選挙などまさにそのいい例であって、自共協力が、足を引っ張り、惨敗したらしいが、どう考えても、おおさか維新の方が、より最悪であることは自明である。


もしも、私が言うように、我が国においての、民主主義の本質が、最悪を避けるためであれば、自共だろうが、そちらを選ばざるをえないということになったのではないだろうか?


このように、我が国は、もはや国民主権も民主主義も自由も分からない迷走国家に成り下がったと言わざるをえないのかもしれない。