国民の8割は馬鹿?
先日、とある爆○問題とかいう、三流芸人の番組で、視聴者に向け、こんなアンケートが行われていました。
「総理大臣を国民投票で決めるべきかどうか」
このアンケートに、約10万人のうち、8割以上が、「決めるべき」と答えたのです。
もちろん、10万人という投票者の多い少ないはあるかとは思います。
しかしながら、8割以上が決めるべき(首相公選制には賛成)と述べたのは、正直驚きました。
そもそも、首相公選制は、直接民主主義であって、これを言い出すと、議会制民主主義を否定しなければならなくなります。よって、国会議員も必要なくなります。
というと、地方はどうなんだ?という反論がくるでしょう。しかし、地方の事と国家のことを同列で見るのは、完全な謬見です。
なぜならば、比較的単純なこと(地方もそれなりに複雑ではありますが、国家と比べた場合)は、多数決でもそんな間違いは起こりづらいのです。
例えば、1+1=2ですか?3ですか?と国民投票すれば、間違いなく前者が多数派になるでしょう。
しかし、微分積分や基礎解析の難題を解せる者は、ごく一部になり、言い換えれば、正解は少数派になってしまいます。
要するに、単純で安易な問題については、多数派の言い分に信憑性が高く、難しい問題になればなるほど、少数派の方に正解の可能性が高くなるというわけです。
さて、ここで問題。
総理大臣は簡単な仕事ですか?
常識的に考えれば、答えはNOです。外交安全保障、経済、福祉など、様々なことについての見識、バランス、統合する能力が問われるからです。
と考えたとき、ろくずっぽ政治に詳しくない人間達が、多数決で決めると、不正解になる可能性が極めて高くなるということになります。
また、その失敗の可能性を限りなく少なく、また失敗してもそこまで酷い失敗にならないようにするのが、議会制民主主義(間接民主主義)と考えれば、それを否定するというのは、国民の傲慢ではないか、とさえ思うのです。
あんた、そんな政治に詳しいの?というわけです。
当然、現実的には、「わかったフリ」をしている人間が大多数でしょう。そしてその大多数が決めるのですから、ろくな結果にならないことは火を見るより明らかです。
我が国の国民は、どうやらそんなことすらわからない人が8割なんですかね?
そうじゃないことを願うばかりです。
「総理大臣を国民投票で決めるべきかどうか」
このアンケートに、約10万人のうち、8割以上が、「決めるべき」と答えたのです。
もちろん、10万人という投票者の多い少ないはあるかとは思います。
しかしながら、8割以上が決めるべき(首相公選制には賛成)と述べたのは、正直驚きました。
そもそも、首相公選制は、直接民主主義であって、これを言い出すと、議会制民主主義を否定しなければならなくなります。よって、国会議員も必要なくなります。
というと、地方はどうなんだ?という反論がくるでしょう。しかし、地方の事と国家のことを同列で見るのは、完全な謬見です。
なぜならば、比較的単純なこと(地方もそれなりに複雑ではありますが、国家と比べた場合)は、多数決でもそんな間違いは起こりづらいのです。
例えば、1+1=2ですか?3ですか?と国民投票すれば、間違いなく前者が多数派になるでしょう。
しかし、微分積分や基礎解析の難題を解せる者は、ごく一部になり、言い換えれば、正解は少数派になってしまいます。
要するに、単純で安易な問題については、多数派の言い分に信憑性が高く、難しい問題になればなるほど、少数派の方に正解の可能性が高くなるというわけです。
さて、ここで問題。
総理大臣は簡単な仕事ですか?
常識的に考えれば、答えはNOです。外交安全保障、経済、福祉など、様々なことについての見識、バランス、統合する能力が問われるからです。
と考えたとき、ろくずっぽ政治に詳しくない人間達が、多数決で決めると、不正解になる可能性が極めて高くなるということになります。
また、その失敗の可能性を限りなく少なく、また失敗してもそこまで酷い失敗にならないようにするのが、議会制民主主義(間接民主主義)と考えれば、それを否定するというのは、国民の傲慢ではないか、とさえ思うのです。
あんた、そんな政治に詳しいの?というわけです。
当然、現実的には、「わかったフリ」をしている人間が大多数でしょう。そしてその大多数が決めるのですから、ろくな結果にならないことは火を見るより明らかです。
我が国の国民は、どうやらそんなことすらわからない人が8割なんですかね?
そうじゃないことを願うばかりです。