マイナンバーで社会は歪む | ひより

マイナンバーで社会は歪む


自由と平等、民主主義。



多様な選択と権利。




これは理想主義の根幹思想なのだが、この主義を掲げている国であるアメリカ、そしてそれを追従するペット日本を鑑みると、どうも理想とは名ばかりの歪んだものばかりが目についてしまう。



しかし安倍総理は、どうやらその歪んだ理想主義を大事な価値観として持っていたいようだ(演説を聞くかぎりは)





さて先般、皆さんの知らない?所でマイナンバー制度が国会で可決され、早くも施行されることとなった。



実は私、兼ねてからこの制度に強い懐疑を持っていた。



その一番の理由は、平等主義と、合理主義という効率性を重視したシステムは、必ず社会に歪みを齎すであろうことが予測出来るからだ。



例えば私が、40km/hの道路で、10km/hオーバー、すなわち50km/hで走っていて捕まったとしよう。


その私の目の前を別の車が41km/hで通り過ぎたとき、私は「なぜあの車も摑まえないのだ!」と訴えたらどうだろうか。




これは法律に照らし合わせれば、法律遵守という全うな主張(権利)であり、平等主義の観点からも間違いではない。




しかし現実は、あくまで判断するのは、その場にいる警察官だ。



ここで考えるべきは、単に捕まらなかった者がラッキーだったのか、もしくは、たった1km/hの速度違反はグレーで違反ではないということなのか、という点だ。




おそらくほとんどのケースが現在は後者である。



要するに、40km/h道路では、50km/h以下では摑まえないという暗黙のルールという社会の余白(寛容)があるわけだ。




しかし、平等主義者からすればこれが許せない。「あくまで1km/hでも、法律違反は法律違反だ!」となるわけだが、(一票の格差問題とかはまさにこれですよね)実際に、それが適用されればどうなるだろうか?



渋滞は増え、交通の効率性は落ち、経済や環境にも悪影響を与えるかもしれない。



さらに事故が増える可能性についても否定はできない。渋滞などで疲労が溜まれば、(特に職業ドライバーなど)、集中力が切れ、事故を起こしてしまうこともあるだろう。(他にも上げれば色々でてきそう)



このように、一つの事象を平等や正義や効率という名の元に正せば、その他に歪みが生まれてしまうというのは、社会の常である。



さて、話をマイナンバーに戻してみよう。



マイナンバーの基本理念は、あくまで税、社会保障、年金、預金の可視化、効率化、平等化である。



それぞれの機関で行っていたものを統括することで、効率性を上げ、また税や社会保障費、年金などの未払いを防ぎ、さらには銀行預金も監視できる、というものだ。




しかし,先に例を上げ、述べたように、社会には一定の余白が無ければならない。この余白こそが、社会の寛容さと言う名の強さであり、そしてなにより多様性を生んで行く地盤なのだと私は思う。




さらに、それら多様性や寛容性は、活力の源泉だ。この活力こそ、発展的な社会、健全な社会を維持、もしくは造る上では絶対に欠かせない。



しかし、この活力を削ぐ行為こそ、平等主義、効率主義に基づく政策(マイナンバー)実行に他ならないのだ。



管理され、監視され、少しでもルール違反が起きれば事務的に処罰する。



さて、そんな社会に貴方は住みたいですか?



そんな社会に活力が生まれると思いますか?





私は正直、すでにビール一杯で飲酒運転で捕まる世の中には、うんざりしていますがね。