最高裁の愚
先般、一票の格差問題を解決すべく、参議院の選挙区分けが行われました。
その結果、鳥取、島根と、高知、徳島が合併区となり、選挙結果次第では、県から一人も参議院議員を出せない、そんな事態も想定されることとなりました。
では、なぜ、この地方再生が謳われる中で、このような反地方再生の選挙制度が可決されてしまったのでしょうか。
それはいうまでもなく、最高裁の「一票の格差は違憲」であるとの判決に則ったものです。
確かに、憲法では平等、権利を謳っています。しかし、そもそも世の中に平等などありえるでしょうか?当然、一定の格差が存在します。
もちろん、その格差を放置してしまえば、差別と化し、混沌殺伐とした社会になってしまうでしょう。
しかし同時に、平等の理想を追い求めすぎれば、画一、均一に陥り、これもまた、おかしな社会に成り下がってしまいます。
では、そんな現実と理想の平衡とは、一体、どうやって謀っていけば良いのでしょうか。
それには、節度、公正、良識に基づき、判断されなければなりません。
言い換えれば、歴史を顧みながら、判断していく、ということが必要不可欠になるのです。
しかしながら、近年の最高裁の判決は明らかに、そうではありません。
憲法に基づく平等を振りかざし、憲法至上主義と化した結果、地方を切り捨て、安全保障(一極都市集中)を脆弱にさせようとしているのです。
では、なぜこのような判決をスペシャリスト(専門家)である裁判官達が決定したのでしょうか。
それには二つの大きな問題があるのではないでしょうか。
一つ目は法律、憲法のスペシャリスト故に、国家や国体の在り方よりも、むしろ、憲法を遵守することのほうに、プライオリティーを置いたこと。
二つ目は、スペシャリスト故に、ジェネラル(一般的)及び、インティグリティ(総合的)な観点を持ち合わせておらず、その判断を世間に委ねるようになってしまったこと。
まず、一つ目ですが、国の在り方ということについては、憲法の視点及び遵守では、どうしても限界があることは否めません。
例えば国防問題などは、その最たる例の一つでしょう。もしも憲法遵守であれば、自衛隊すらも我が国は持てなくなります。ですから、最高裁はこれまで、そのことについて、明確に判断したことはありません。(砂川裁判では一定程度触れましたが、基本的に明言は避けてきました)
このように、国の在り方や、国体維持という根源的なことについて、司法では判断できない問題というのが多く存在するわけです。
また、そもそも法律、憲法のスペシャリストである彼らには、そのような判断ができるだけのインティグリティはありません。あくまで、法律ありきの矮小な結論しか出せないのです。
もちろん、本来ならば、今までのように、出せないなら出さない、そうあるべきなのですが、近年、そこに二つ目の問題点である、世論が入り込み、最高裁が踏み込んだ判決を下すようになってしまいました。
もちろん、その世論自体が、風などに流される事無く、インティグリティ(この場合は一貫性も含む)を持ち合わせてさえいれば、それほどおかしなことは起きないはずですし、そもそも最高裁もそのような踏み込んだ判決は避けたでしょう。
しかし、残念ながら、大衆の多数派を占めているのが、このインティグリティが欠落した人々です。
そもそもインティグリティ(総合性)とは、様々な見地、多々の角度を持ち合わせることです。
例えば、10通りの見地を持ち合わせることで、イノベーションや、風(モード)が吹いたとしても、それが11通りになるだけで、大きな現状変更は起きません。
言い換えればそこに一定の一貫性と強靱性が生まれるのです。(ちなみにインティグリティには、総合性という意味の他に、一貫性、誠実という意味もあります)
では、そのインティグリティが欠如すると、どのような弊害があるでしょうか。
例えば、一方向の視点しか持ち合わせていない人間に、もう一方から強い風が吹くとしましょう。そうなると、今度は真逆に流されてしまいます。
(小泉郵政改革を支持したと思えば、今度は民主党の政権交代を支持し、さらに今の安倍政権へ、そして今度は安保反対で反安倍へ、、、と平気で二転三転していることを鑑みれば、相当深刻なことがわかります)
このように、インティグリティの欠落は、極めて脆弱な思想(思想とはいえないが)を作り上げることになり、また一貫性のない、不誠実で稚拙な世論形成になってしまうということです。
さて、このように不誠実で稚拙な世論の風を、スペシャリストである裁判官が加味し、判決を下したとしたらどうでしょうか。
当然、歴史を顧み、国体を考えた総合的な判断の元、下されるような、良識的な判決にはなりえません。
そして、その結果が、一票の格差が違憲であるだとか、集団的自衛権が違憲であるだとか、婚外子の権利が平等であるべきであるだとか、そういった根本的な国柄や国体維持というべきものまで干渉してくることになったのです。
そして、その判決に、立法や行政も引っ張られるようにして、愚策を行うようになり、結果、我が国は2000年以上の歴史を捨てた、バカ国家へと成り下がるわけです。
オルテガが、大衆に支配された国家は、弱力化し、国家そのものの没落すると述べました。
まさに我が国は、その道を邁進しているようです。