構造改革という名の破壊主義
構造改革をなぜするのか。
それを一言で言うならば、利権が無い者が、自分にその利権を移動させたいがためだ。
以前にも書いたが、既得権というのは、日本人であれば全員、何らか得ているわけで、その既得権の奪い合いこそが、構造改革の本質である。
しかし、ただ利権が移動しただけならば大きな混乱も起きなければ、マクロ的な経済損失も起きないはずだ。
にも関わらず、その実体は混乱と経済の低迷である。
ではなぜそのようなことが起きてしまうのか。
ある一例を挙げて見よう。
ずいぶん前の話になるが、カリスマ美容師が美容師免許を取得していなかったことが問題となり、メディアが大騒ぎした結果、本来インターン制度(1年学校に通い、1年はサロンで実践訓練をしないと免許取得の権利がない)が廃止され、美容学校が2年制(学校さえ卒業すれば免許取得の権利が与えられる)へと変わった。
これを既得権という観点から考えると、改革前は、1年目が学校側。2年目以降が全国のサロン側だったわけだが、改革後は、2年が学校側(要するに既得権が2倍になった)、そして3年目以降がサロン側となったわけだ。
これを聞けば、一見、たかが1年分じゃないか、と思うかもしれない。
しかし事の問題はそんな単純ではない。
美容免許を学校を卒業するとほぼ同時に取得できることで、美容師の免許取得率が向上したのだが、一方でサロンで働き始める1年目(学校からでは3年目)からの離職者が、急増したのだ。
なぜなら、本来ならば1年間、実労働の中で嫌でも修練をつまなければ免許を取れなかったため、皆、必死にその辛い修行を耐えたのだが、制度が変わったことで、既に免許を持っているから、辛ければ辞めれば良いと、退職のボーダーが低くなったのだ。
それによって、サロン側は、慢性的な人材不足に陥ることになり、サロン同士で人材の奪い合いが起きるようになった。
さらにサロン側は、人材を離職させないために、教育のレベルを下げ、甘やかすようにもなった。
結果、技術レベルは格段に劣化し、劣化したことで彼らの給与も伸びず、経済的理由で離職が続くという悪循環に陥ってしまったのだ。
さらにサロン側も、レベルの低い技術者に対し、それ以上の対価を払わなければならず、経営を圧迫し始め、サービスを劣化させざるを得なくなったのだ。
また、そのような美容業会全体の劣化は、2年制にして、一見、既得権益を増やしたかにみえた学校にも跳ね返ってきた。
なぜならば、美容業会全体の魅力が低下したことで、わざわざ2年分の授業料を払うリスクを選ぶ側の生徒達が負わなくなったのだ。
選ぶ側としては、免許取得までの負担が、
改革前 1年分の授業用 ー 1年分のインターン時の労働所得=低負担
改革後 2年分の授業料=高負担 → 魅力低下
このように負担が増えてしまったにも関わらず、技術はその対価ほど得る事が出来ない。(所詮は学校教育は実践ではないから)
要するに、これから美容師になって行こうという卵の方々からも利権を奪い、全国のサロンからも利権を奪い、全ての利権を学校側が取りながらも、結果、学校側も、美容業会全体の魅力低下と、生徒達の負担増の影響で、疲弊し始めたということだ。(厚生労働省だけは、免許問題を解決したと喜んでいるのかもしれないが)
このことから考えても、構造改革が結果として、業界の破壊に繋がったことは言うまでもない。しかも、一旦壊されたものは、なかなか元には戻らず、むしろ悪化の一途を辿って行くのだ。
このようなことを平気で行う政治が、果たして善なのか。私には単なる破壊主義としか思えないのである。
そして、次はまたどこかの業界がこのような破壊の犠牲者となるわけで、大衆は他人事のように、メディアに乗って、特定の団体や業界を批判をしているのだが、次は自分の番かもしれないということを忘れては行けない。
その想像力なくして、安易に特定の業界を批判するなど愚の骨頂であると私は思う。
それを一言で言うならば、利権が無い者が、自分にその利権を移動させたいがためだ。
以前にも書いたが、既得権というのは、日本人であれば全員、何らか得ているわけで、その既得権の奪い合いこそが、構造改革の本質である。
しかし、ただ利権が移動しただけならば大きな混乱も起きなければ、マクロ的な経済損失も起きないはずだ。
にも関わらず、その実体は混乱と経済の低迷である。
ではなぜそのようなことが起きてしまうのか。
ある一例を挙げて見よう。
ずいぶん前の話になるが、カリスマ美容師が美容師免許を取得していなかったことが問題となり、メディアが大騒ぎした結果、本来インターン制度(1年学校に通い、1年はサロンで実践訓練をしないと免許取得の権利がない)が廃止され、美容学校が2年制(学校さえ卒業すれば免許取得の権利が与えられる)へと変わった。
これを既得権という観点から考えると、改革前は、1年目が学校側。2年目以降が全国のサロン側だったわけだが、改革後は、2年が学校側(要するに既得権が2倍になった)、そして3年目以降がサロン側となったわけだ。
これを聞けば、一見、たかが1年分じゃないか、と思うかもしれない。
しかし事の問題はそんな単純ではない。
美容免許を学校を卒業するとほぼ同時に取得できることで、美容師の免許取得率が向上したのだが、一方でサロンで働き始める1年目(学校からでは3年目)からの離職者が、急増したのだ。
なぜなら、本来ならば1年間、実労働の中で嫌でも修練をつまなければ免許を取れなかったため、皆、必死にその辛い修行を耐えたのだが、制度が変わったことで、既に免許を持っているから、辛ければ辞めれば良いと、退職のボーダーが低くなったのだ。
それによって、サロン側は、慢性的な人材不足に陥ることになり、サロン同士で人材の奪い合いが起きるようになった。
さらにサロン側は、人材を離職させないために、教育のレベルを下げ、甘やかすようにもなった。
結果、技術レベルは格段に劣化し、劣化したことで彼らの給与も伸びず、経済的理由で離職が続くという悪循環に陥ってしまったのだ。
さらにサロン側も、レベルの低い技術者に対し、それ以上の対価を払わなければならず、経営を圧迫し始め、サービスを劣化させざるを得なくなったのだ。
また、そのような美容業会全体の劣化は、2年制にして、一見、既得権益を増やしたかにみえた学校にも跳ね返ってきた。
なぜならば、美容業会全体の魅力が低下したことで、わざわざ2年分の授業料を払うリスクを選ぶ側の生徒達が負わなくなったのだ。
選ぶ側としては、免許取得までの負担が、
改革前 1年分の授業用 ー 1年分のインターン時の労働所得=低負担
改革後 2年分の授業料=高負担 → 魅力低下
このように負担が増えてしまったにも関わらず、技術はその対価ほど得る事が出来ない。(所詮は学校教育は実践ではないから)
要するに、これから美容師になって行こうという卵の方々からも利権を奪い、全国のサロンからも利権を奪い、全ての利権を学校側が取りながらも、結果、学校側も、美容業会全体の魅力低下と、生徒達の負担増の影響で、疲弊し始めたということだ。(厚生労働省だけは、免許問題を解決したと喜んでいるのかもしれないが)
このことから考えても、構造改革が結果として、業界の破壊に繋がったことは言うまでもない。しかも、一旦壊されたものは、なかなか元には戻らず、むしろ悪化の一途を辿って行くのだ。
このようなことを平気で行う政治が、果たして善なのか。私には単なる破壊主義としか思えないのである。
そして、次はまたどこかの業界がこのような破壊の犠牲者となるわけで、大衆は他人事のように、メディアに乗って、特定の団体や業界を批判をしているのだが、次は自分の番かもしれないということを忘れては行けない。
その想像力なくして、安易に特定の業界を批判するなど愚の骨頂であると私は思う。