新自由主義はギャンブル依存と同じ効果がある。
私が再三に渡ってアベノミクスを批判してる訳は、まあ過去のブログを読んで頂ければわかるとは思いますが、そもそも第一の矢と第三の矢、そして消費増税にその問題は集約しているわけでありまして、とくにこの第三の矢である成長戦略の中身はというと、完全な新自由主義政策に他ならず、まさにフリードマンやハイエクの新古典派経済学そのものなわけです。
この新自由主義というのは、私は兼ねてから反民主主義であると訴え続けているのですが、とにもかくにも国民にその危機意識がまるでない。
ではなぜこのような反民主主義的な新自由主義が、民主主義国家で受け入れられているのか?という点につきまして、前回のブログでも申し上げましたが、今回はそこに新自由主義政策と民衆心理というものを考えまして、それを書いていこうと思います。
まず、新自由主義の特徴としてみますと、規制がある場所に対し、緩和させ自由競争をもたらすわけですが、ある意味、元々経済的には閉塞的な市場の規制が緩和されると、競争原理が働き、一時的に市場が活性化し、所得が増えるという経済的にはプラス面があるわけです。
もちろん、散々言ってきたように、それは最終的に負の側面が上回ってしまうから問題なわけですが、この一時的に所得が上がるという特徴が、私たち国民に、良いイメージを与えることは確かなのであって、このイメージがその後に、負の方向に行ってもなお拭えず、そこにしがみついてしまうというわけです。
これは、フランスの人類学者であるエマニュエル・トッド氏も指摘しており、「新自由主義の一時的な景気浮上効果は、民衆に快楽を覚えさせ、また、民衆はその快楽を忘れられないが故に、同じ過ちを繰り返すのだ」このような表現で揶揄しております。
その民衆心理は、まさにギャンブルや麻薬にハマる心理と極めて類似しているわけです。
例えば、ギャンブルに誰かをハマらせよう、または勝手にハマる人は、必ず最初に大勝ち(少なくとも美味しい思い)させます。(たまたまする場合も一緒)
すると、その快楽は麻薬のように、たとえ、その後にそれが身を滅ぼすようなことになったとしても、その快楽が忘れられずに、いつまでもそこに固執し、続け、自らを滅ぼしていくのです。
これだけ問題の多い新自由主義がここまで民衆に支持される訳は、まさにその一時的快楽が、小泉構造改革のいざなみ景気という形で国民が味をしめ(政治家や経済学者も)、それを忘れられずにいるという、民衆心理が少なくとも関与していると私は思うのです。
要するに、日本国民も含め、世界中(レーガノミクスやサッチャーイズムによって)が、新自由主義という中毒に犯されてしまっているというわけです。
こんな中毒に犯された世界を、元に戻すというのは並大抵のことではありませんが、中毒に犯されていない人間が発信することで、少しづつそれが中毒であったということに気がついてくれる人を増やすしかないでしょう。