安倍首相には退陣を | ひより

安倍首相には退陣を


先般、安倍首相が、3年後の消費税増税に、景気弾力条項(附則18条)を削除することを明言した。


これを受け、私は愕然としたと同時に、安倍政権が完全なる新古典派経済学、いや、むしろそれ以前の古典派経済学の理論をそのまま信じているのではないか、そう思わずには居られなかった。



なぜならば、古典派経済学は、市場の自動調整機能や、確実性を絶対としているからであり、ケインズのように、不確実性を前提とはしていないからだ。


しかしマクロ経済を戦後だけ見ても、明らかにこの不確実性は何度も起きている。1000年に一度
?だと言われたリーマンショックのような金融危機さえも、近年、数年から10年に一度のペースで起きているし、我が国の消費税増税ショックも、ある意味その不確実性の一つである。



もちろん、そういった不確実性を前提とすれば、過去の類似した案件から、ある程度の予測も可能であることは否めない。



しかし、そもそもその前提が無ければ、そういった予測と、その予測に対する対処というものが出来なくなる。



安倍首相の問題はまさにそこで、3年後に、「もしも」という前提が欠如していると言わざるを得ない。



もちろん、マクロ経済に万が一があることは十分に理解はしているのかもしれない。しかし、それはあくまで万が一で、限りなく起こりえない、言い換えれば、新古典派経済学者たちの計算の如く、それは1000年に一度となってしまうわけだ。



だからこそ、3年後には確実に上げるのだと断言できるわけだ。



しかし、過去の不確実性という意味では、前回の消費増税の影響の反省無くしては、語れないはずだ。



いや、もしもそれをきちっと分析出来ていれば、8%に増税する前の地点で、かなりの精密な予測が可能であっただろうし、現に、三橋貴明氏を中心に、それは予測されていたわけだ。



にも関わらず、今回はそういった不確実性に対し、予防性をあえて削除してしまうという暴挙にでたわけだから、安倍首相が、ケインズのような経済学とは真反対の、まさに新古典派経済学のドグマに完全に犯されているとしか思えないわけである。



私からしてみればこんなマクロ経済の不確実性に対し、傲慢とも言えるような怠慢さや軽視を、国家レベル(ましてこれほどの経済規模)でするというのは、狂気の沙汰とは思えず、まさに国家の未来をロシアンルーレットで決めるようなものだ。




少なくとも私は、消費税に対して当面は凍結すべきであり、GDPの成長による増収をはかって行くべきだと考えている。



それはケインズが言う、需要不足を補うために財政出動が不可欠であり、いまこのデフレ下だからこそ、大事な政策となるのだ。




もちろん、新古典派経済学者は、政府による財政出動は、民間需要を奪うであるとか、市場の自動調整機能によって、長期的には安定していくなどと批判するだろう。



しかし今、我が国に奪われるだけの民間需要があるだろうか?


また、橋本政権以降、長期的にその政策を行ってきた結果、市場の自動調整機能は働いてきただろうか?



どちらも答えはノーである。



この事からも、現在一番必要な成長戦略はまさに、財政出動であり、消費税のような緊縮財政では一切ない。



また、消費税は、その年一年に掛けられるものではなく、恒久的に続くものだ。よって、単発的な財政出動(例えば給付金など)を行っても効果は小さく、一時的である。



そう考えれば、やるべき事は、消費税を凍結(理想は5%に戻す)し、速やかに、長期的展望のもと国土強靭化などの公共事業を政府がコミットすることである。



にも関わらず、安倍首相は、その反対を確約してしまったわけであり、愚の骨頂と言わざるをえない。




もしも今回、安倍政権が再選されるようなことがあれば、我が国は再び暗いデフレの闇へと突き落とされるだろう。