男女平等を煽るマスコミと政府 | ひより

男女平等を煽るマスコミと政府


安倍政権の女性の社会進出促進が唱われてから、メディアの男女平等関連の話が以前に増して多くなったように思えます。


私は以前より、男女は平等であるべきではなく、公平であるべきであって、それは差別ではなく、区別であると主張して参りました。


しかしながら、男女平等を否定すると、男女不平等で良いのか!という激しい批判に晒されることもあります。


もちろん私は不平等を認める立場ではありません。そういった不平等を否定し、「公正、公平」を訴えているだけなのです。



それでも多くの人々やマスコミは男女を同列に扱うことが正しいという認識のようです。



その彼らの根拠となっている一番は、欧米との比較ではないでしょうか。



確かに日本は欧米に比べて女性の社会進出の割合が少なく、逆に専業主婦人口が多いのは事実です。



しかしそもそも、それが男女不平等であると言えるのでしょうか?



また社会進出が全てなのでしょうか?



私には家庭と社会というのは、攻めと守りという考え方をしています。



サッカーでも、攻めの選手もいれば守りの選手もいます。それぞれが役割分担をして、助け合ってチームを勝利に導くわけです。



それをディフェンダーもゴールを量産しろ!とか、フォワードも最終ラインで守れ!というのは、有事のときの予備としては必要ですが、平時においてはむしろ効率が極めて悪いと言わざるを得ません。



なぜならば、互いに得意不得意があるからです。これがいわゆる区別というものであって、決して守りをするディフェンダー(この場合専業主婦)が無能で、フォワード(社会に出る人)が優秀などということは一切無いのです。



にも関わらず、女性の社会進出が少ないのは男女不平等であるという主張をするわけであり、私からすれば、それこそ専業主婦に対する差別ではないか!と声を大にして叫びたくもなるわけです。



また、欧米との比較ですが、そもそも欧米と我が日本は、文化も慣習も歴史も民族性も全て違います。違うからこそ国が違うのです(まだ台湾やタイなどと言った文化の近い国ならば比較するのも理解出来ます)



たとえばフランスはそれまでの極端な女性差別や格差社会が、18世紀に起きたフランス革命によって覆され、女性の権利と地位が保障されるようになったという男女平等の長い歴史があります。


また、それらによって彼らの慣習が構築され、そのインフラ、環境が整備されてきたのです(それが良いか悪いかはその国の価値観です)



さらに、北欧などは人口も少なく産業も少なかったために国力が弱く、女性に働いてもらわなければ国家がもたなかったという背景、歴史もあります。



そういったヨーロッパの歴史に対し、我が日本の歴史を顧みても、極端な女性差別(むしろ戦前などは、女性や弱者を尊重する教育がなされていました)もほとんどなく、北欧のように人口が少ないわけでも産業が少ないわけでもありませんでした。



さらに欧米のような格差も少なく、経世済民天皇陛下を中心とした君民共治といった思想のもと、比較的に中産階級が多い社会だったのです。




そういった我が国の伝統、文化、歴史などの背景を無視して、男女平等だけを欧米と比較するというのは、恣意的なレトリックであり、本来ならば決して比較できる対象ではないものを無理矢理こじつけているだけにすぎません。




むしろ、そのようにしてキリスト教圏の者達(資本主義や民主主義も同じ)が、無理矢理自分たちの価値観、思想をイスラム教圏の人たちに押し付けた結果が、今の世界の混乱を招いているのではないでしょうか。



価値観が違う事は決して悪ではなく、むしろ国家として当然のことにも関わらず、そのような明らかにおかしな比較材料を持ち出し、世論誘導するメディアや政府には、正直悪意を感じてなりません。




繰り返しますが、男女は平等であるべきではなく、公平であるべきであり、それは差別ではなく、区別であり、その役割を持って協力し合うというのが、我が国の流れであることは間違いありません。



それを時代の変化だとか、グローバルだとかで片付けることは、私からすれば現代に生きる者の、傲慢と断言させていただき、終わらせていただきます。